WhyWhyなんでブログ

思わず笑っちゃう人生でありたい。笑える明日を、今日取り戻そう。

カテゴリ: お悩み相談コーナー


こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

ちょっと前に中国食材屋で買った「おでん」を食べることにしてみたんですけど。
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開けたらこれ。
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写真どうなってんの?(笑)
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どうしたらこれ↑がこれ↓になる?
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生きてきて史上2番目くらいに辛かったし、彼はギブアップしてました(笑)

練り物はおいしかったんですけどね。

〇〇〇〇〇〇

「子育て・毒親・壮絶体験・介護・ほのぼの家族・仕事~悩みふっとぶインスタ漫画アカウント〜

今日はいろんなジャンルでお悩みのみなさまに、「こんな人もいるんだなぁ、こんな選択肢もあるんだなぁ」と思っていただけるように、さまざまなジャンルのおすすめインスタ漫画アカウントをお伝えしたいと思います。

【子育てジャンル】

子育てでいろいろと役に立つというか、こういう体験をされて、実際に向き合ってる方がいるんだなと学べたアカウントをご紹介します。

「発達凸凹系 生態不明ウチノコ兄弟の研究絵日記」
(アカウント名:uchino-co)



発達障害・不登校のお子さんを研究目線で客観的に見て絵日記をつけられていて、自分は子供がいないけど、接し方やコミュニケーションの取り方、伝え方などがとても為になる。
そして、とても詳しく様子や気持ちの変化なども描かれているので、すごくわかりやすいし愛を感じて癒やされる。


˚✧₊⁎COCO⁎⁺˳✧༚
(アカウント名:coco.rainbow17)


社交不安症で、鬱や場面緘黙症や強迫性障害のような症状がある娘さんのことを、優しく一生懸命向き合おうとされてるお母さんが描かれているインスタ漫画。

息子さんもいて、娘さんと息子さんお2人とも不登校になったりしたことも綴られていて、誠実ですてきだなと感じる。



【毒親ジャンル】

親から暴行やひどい過干渉、暴言やヒステリック、性被害などを受けた方が描かれているインスタ漫画アカウントです。それぞれ内容は重いですが、そう思わせない描き方だったり、描かれている方がそれぞれすごく聡明で真の強さがあって、尊敬しています。

「うにわさび」
(アカウント名:uniwasabi_24)



お母さんが鬼過干渉で、所有物のような距離感でうにさん(作者)に接する幼少期からの体験を描かれてるインスタ漫画。描き方がおもしろくて、内容が重くてもそう感じさせないすごさ。そしてうにさんの人柄が好き。

BANされたとかで現在休止中とのことなので、ブログのほうで体験記を読める↓



「つつみ@書籍『毒親に育てられた私が母になる』発売中」
(アカウント名:tutumi___0123)


有名なので知ってる方もいるかもしれないけど、「毒親とは?」の解説がこれを見てもらえばわかると思う漫画。作者のつつみさんが過去のことも客観的に(主観もわかりやすく交えて)描かれていて、本当にすごい。書籍になるべくしてなった漫画。


「魚田コットン🐟書籍発売中!」
(アカウント名:uotakotton)



小さいころに母の再婚相手から性被害を受けたことを漫画にされている。他にも家族や会社でのさまざまな体験を描かれていて、絵がほっこり系で読みやすい。

↓性被害にあった話はこちらから。




【壮絶体験ジャンル】

壮絶な体験をされたり、「どゆこと?????」みたいな奇天烈な体験をされてる方のインスタ漫画アカウントをご紹介します。

「前田シェリーかりんこ」
(アカウント名:karincolife)



「元彼氏に鼻にフォークをぶっ刺された話」とか「真っ裸で玄関で勧誘を追っ払った話」みたいな、「どーなっとん???」って話が多すぎる。「人生ネタ」を地で行く体験漫画。


「まる」
(アカウント名:domarumaru)



だいぶ変わった登場人物がたくさん出てくる体験漫画。まるさん(作者)に執着してきたり、マウントをとってきたりと、いろいろ「クセ強」な人が出てきて、毎回ハラハラする。絵がかわいいので読みやすい。




【介護ジャンル】

介護に携わる方が、実体験を漫画にしてブログやインスタに上げていて、終活だけでなく、年をとってから人とどう関わっていくかの学びになるのでご紹介します。

「ゆらりゆうら」
(アカウント名:yurariyuru2)



介護福祉士として働きながら、義母の介護、最近ではご自身のお母さんの介護などについても漫画にされていて、とにかく自立系武闘派の先輩という感じ。とても忍耐強く、そしておおらかで明るい方なんだろうな、こういう介護士さんって尊敬するなと思う漫画。




【ほのぼの家族ジャンル】

お子さんや祖父母、旦那さんとのエピソードなど、ご家族での出来事や気づいたことを作者さんのステキな視点で描かれている漫画をご紹介します。

「さざなみ」
(アカウント名:sizuqphi)



娘さん2人と旦那さんと暮らされていて、自分が小さかったころ感じた視点、娘ちゃんたちが今感じてる視点、子供なりの純真な捉え方など、こういう感性じゃないと気づけない日々のすばらしさを漫画にされている方。出てくる方々みんな好き。


「枇杷かな子」
(アカウント名:kanakobiwa)



ご家族(主に幼かったころ一緒に過ごされた祖母)との思い出や出来事を描いてて、ほんわかした絵と家族のつながりであたたかい気持ちにさせてもらえる漫画。友達との青春とか、夏休みの過ごし方とか、季節ごとに訪れるイベントでの懐かしさとか、すべて大切な思い出に感じてじーんと来る。


「きなこ・ジョンソン」
(アカウント名:kinako.ooo)



息子さん2人を育てる方の子育て尊インスタ漫画。子供がかわいすぎる瞬間や、先生や出会った人の尊さを描かれていたり、描かれ方がダイナミック?というか、映画的?というか、感情が乗っかりまくってて良い。
「イライラポイントをフルコンボしてくる飲食店の話」も好き↓


「おにぎり@擬人化育児」
(アカウント名:onigiri_mgmg0141)



娘さんと2人暮らしで、「地球上のかわいいを集めてみた」みたいな娘さんのかわいい瞬間を漫画だったり、声つきアニメーションエッセイみたいに投稿されてる方。この方の娘さんへの接し方もおだやかに相槌をうったり、もっとよく理解しようと質問したりしていて2人のやりとりに癒される。



【仕事ジャンル】

仕事、職場での出来事を漫画にされている方のご紹介です。

「コメダ」
(アカウント名:komey3442)



看護士として働かれているコメダさん(作者)の、職場の人間関係を漫画にされている。これでもか!というクセ強の人たちに巻き込まれてしまうコメダさんの困惑ぶりと心情がめちゃくちゃおもしろい(笑)描き方がギャグ風で好き。
旦那さんと結婚するに至った「好きじゃない人と結婚した私の末路」もいい↓




【R18系ジャンル】

R18にも関わらず、エロというより笑いが止まらない、敬愛する漫画(イラスト)アカウントをご紹介します。

「テルミー」
(アカウント名:teruminoyoshida)



私が尊敬してやまないテルミーさん。読めばわかる。わかる人にはわかる(笑)クズたちをぶった切ってくのが好き(笑)
↓なんでこんな人が集まるの(笑)




「たまみ」
(アカウント名:tamami0022)



濃ゆいタッチで「まんが夫婦入門」という夫婦の主にセックスレス問題、コミュニケーション問題、夫婦の在り方を描かれている。描き方がおもしろいけど、リアルで男女どちらの視点も理解できて良い。



以上、なにか悩んだり、一人でいっぱいいっぱいになってる方はぜひ読んでみてくださいませ!!


【ふぁーこの公式ホームページ】


「ふぁーこのカウンセリング・コーチングメニュー」

それではきょうも、新幹線と旧幹線がパン食い競争をしてたようないい夢をみましょう~!




こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

海外あるあるかもしれませんが、グルジアの肉屋ではこんなふうに肉塊で売られております。
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だいたい500gから買うことが多くて、骨付き肉も多いです。

煮込みやブロック肉のバーベキューとしては最高なんですけど、焼肉やしゃぶしゃぶのような薄い肉が食べたいときはすごい頑張って薄~く切って使います(笑)

和牛のように柔らかくもないので、
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頑張って薄めに切った肉を「醤油・みりん・酒・塩・砂糖・オイスターソース・おろしニンニク・油・パプリカパウダー・鷹の爪・粉コショウ」で作ったタレに数時間~1,2日漬けておいて焼くと、柔らかくておいしくなります。
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まぁ、日本にいたらそんなふうにせずにただ焼くでも茹でるでもおいしいと思うので、やっぱり日本の食材最強だわと思いますね。

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「いらないアドバイスや余計な一言を言われることが多くてイヤになるんですけどどうしたらいいですか?」

イヤですよね~、こういう押しつけがましいというか、理解する気もなさそうに「~すべき」とか「普通はこうする」みたいな価値観を言われると困惑しちゃいますよね。

みなさんも、仕事仲間や親族やママ友や知り合いから言われたことがあるって方も多いんじゃないでしょうか?

「いらないアドバイス・余計なお世話」っていうくらいなので、はっきり言って「いらない」んですよね。

でも、なぜかそういうウンコみたいな言葉を残してくというか、置き土産されるというか、投げつけられることってありますよね。

いや、まだ本当にウンコのほうが掃除しやすいかもしれませんね。

というわけで、そういう時にどうしたらいいかというお話をしていきたいと思います。

まず、このテーマで一番大事なことを最初にお伝えしたいと思います。

「私は相手のことを理解しようともせずに決めつけや押しつけようとする人は嫌い」

と認めましょう。

大事なことなのでもう一度言います。

「私はこういう人は嫌い」

と認めましょう。

声に出して言ってもいいです。

心の中で一日中、「私はこういう人が嫌い」と唱えてもいいです。

とにかく、自分で「いや、そういう人のことわたしは嫌いなんで。どーもすいません、じゃ失礼しま~す」と罪悪感や口ごもらずに言えるくらい、唱え続けてください。

なんでこれが大事かというと、「自分軸」を築くためです。

自分軸とは、「私は私、相手は相手」という線引きがはっきりしていて、自分の軸で立っている状態のことです。

で、この自分軸を築くためには、わたしは「好き」よりも「嫌い」というエネルギーのほうがけっこう強いと思っていて、それが自分の意識や行動を変えるきっかけになる(=自分軸をつくる)からです。

なので、自分軸を築くために、「自分はなにが好きか」を見つけるよりも、「自分はなにが嫌いで、なにが不快か」を見つけてもらうほうが効果的だったりすると思っています。

もちろん、嫌いを見つけていった先で、「じゃあこっちのほうが快適、こっちのほうが好き」っていう「好き」が見つかれば、それはそれでまたいいと思うんですが。

また、なんでこういういらないことを言われたり、余計な一言を言われるのかとよくよく話を聞いてみると、言われる方の多くが「優しい」「女性性豊か」「受容力が高い」「忍耐強い」みたいな長所を持っていて、その長所ゆえに、周りからみると「言いたいことを言っても受け入れてくれそう」「自分の価値観を話しても大丈夫そう」というように思われやすいんですよね。

で、じゃあなんでいらないアドバイスや余計な一言を言っちゃう人はそういうことをするのかというと、一つは「支配欲が強い(本人無自覚)」の可能性と、「自信がないから」という二つの理由が大きいと思います。

支配欲(人・環境・状況をコントロールしたいという欲)が強い場合、本人も無自覚で本気で「よけれと思って」とか、「本人のために」言ってると思ってるのですが、結果的に「コントロールしたいという自分のために言ってる」ということに気づいてなかったり、相手と自分との線引きができていない「他人軸」の状態とも言えます。

また、そこまで相手をコントロールしようとしたり、なにかアドバイスや価値観を押しつけるというのは、劣等感や無価値感や満たされない思いからそういう言動をとることが多いわけで、つまるところ「自信がない」とも言えます。

で、投影の法則で言うと、こういういらないことを言ってくる人のことを気にしてしまったり、言われたことで悩んでしまう時というのも、自分自身の「自分軸」があまり築けていなかったり、自分に自信がない時が多かったりすると思うんですね。

なので、そういう方にはまず自分軸をつくるために、「嫌いだとハッキリ認めましょう」というところからはじめてもらったりします。

そして、「私は私、相手は相手」という線引きになる言葉も繰り返し唱えてもらったりします。

その上で、「嫌いなものは嫌いで、好きなものは好きでいいんだ」とか、「いろいろこれが正しいとかあれが正しいとか言われたとしても、自分がこれが良いと思ったらそれはそれでいいんだ」という、自分軸ができて自分のことを信じられるようになると、あまり他人から言われることに振り回されなくなっていきます。

ただ、人によっては「親が支配欲が強くて小さいころから過干渉でいろいろ言われてきた」とか、「先生とか顧問に口出しされたり勝手に決めつけられることが多かった」とか、小さいころの心の傷が治ってなくて、いまだにそういう出来事が起きることで傷が「なんとかして!」と言ってる場合もあるので、そういう時はカウンセリングでもう少しその時の感情に戻って話を聞いていきます。

心には時間軸がないと言われているので、現実世界では10年、20年、30年と時が経っていても、まだ当時の心の傷は生傷のまま放置されてたなんてこともよくあります。

なので、そういう時はちゃんと今の大人の自分で、いろいろ経験してイヤなことも不快なことも理解してあげられる自分で、その当時の自分にもう一度会いにいくようなイメージワークをやってもらったりします。

少なくとも、当時そういう状況があって、放置されてる、独りぼっち、理解されてない、誰にも助けを求められない、もうあきらめるしかない、というような気持ちでいて、それがまだ残ってたとすると、それが癒されない限り、違った環境や違った人たちと仲良くなっても、また同じようなことが起きたときに心が痛むの可能性が高いので、昔の傷から手をつけていきましょうかというふうにお伝えします。

そして、理解者や、味方がいるという、心の安心の足場を築いていって、最終的には自分が一番の自分の理解者となれるよう、本人のお話を聞いていきます。

そうしていくと、けっこうな確立で、「理解力」とか「受容力」が高くて優しい人ほど、「あの人のこういう押しつけがましい部分は嫌いだし、仲良くはしたくないですけど、でもあの人はあの人でそんな距離感が近くない私に言ってくるくらいなので、他に聞いてもらえる人がいなかったり、孤独だったのかもしれないですね」とか、「自信がないから、私に受け入れてもらうことで安心してたのかもしれないですね」とかっていうことにも気づいたりするんですよね。

つまり、別に嫌いなもんは嫌いでいいけど、理解できる分だけ自分の中に「許し」という鍵を手に入れられます。

許しを手に入れると、自分の状況や気分によって「線引きのあっち側にいくか、線引きのこっち側にいるか」という“選択肢”を手に入れることができます。

そうすると、距離感がちょっと近くて「あの人が許せない」とか「生きてるのもイヤ」と思ってたところから、ちょっと線引きを引いて、「イヤはイヤだけど、私は私であの人はあの人だから関係ないし」というふうに分けて考えられるようになるんですね。

それも、自分軸の大切な考え方だったりします。

そして、どんどん「私は私、自分は自分でいい」というふうに肯定し続けると、「この相手にはどこまで入ってこられていいか」という線引きや、自分の中で「相手の言葉を大切にするか、いらないので捨てるか」の選択も考えられるようになっていきます。

ちょっと極端ですけど、「イチゴは白くてかわいい」と思っている自分がいるとして、それに対して「いやイチゴは赤いから!赤いのが普通だから!赤くないなんておかしい!赤いのがかわいいんだからそう思いなさい」とかって言ってくる人がいても、自分軸があると「え、そうですか?まぁ赤いのもたしかにかわいいし美味しそうですよね。でも私は白いのがかわいいと思うんですよね~」と相手の好みや価値観を分けて受け入れられるんですね。

そして、そのあとで相手がまた何か言ってきても、「そうですかね?あなたはそう思うんですね~なるほど~は~ん、ほ~ん、あなたはそうなんですね」というふうに、「これについてわたしはそうは思わないけど(そうしようとも思わないけど)、でもあなたはそう思うんですね」というスタンスで飄々として聞いていられるようになります。

実は、わたしもこういう過干渉だったりいらないことを言ってくるような人にけっこう出会ってるとは思うんですけど、記憶に残ってないんですよね。(ひどい)

それは、一つはそういう相手が「わたしの大切にしたい人ゾーン」に入ってないからすぐ忘れてくということと、「あなたがそれがいいならそれはそれでいいんじゃないですか?」と思ってて、別にその意見を自分に取りいれようとは思わないからです。

ハッキリ相手との間に線引きがあると言ってもいいかもしれないですね。

で、自分を信じられてると、いろいろ言われてもあんまり不快にも思わないというか、「私はこっちを選択する(こっちを大切にする)」という気持ちがブレないので、「こういう人にいろいろ言ってもコントロールできない」と相手も思うのか、あまりそういう過干渉だったり支配欲がある人もいらないことをアドバイスしてこなくなります(笑)

なので、自分軸・自信があるとめんどうなことも寄ってこなくなるので、ぜひ「嫌い」と認めてから線引きをしまくるという意識で、自分の好きな人生をつくっていきましょうというお話でした。
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それではきょうも、楔による楔のための楔型をしたお地蔵さんができたようないい夢をみましょう~!




こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

前に彼が見せてくれたカリフォルニアのニュース和訳。
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35秒遅れで1人1人に謝る(笑)

日本人変態すぎるだろ(笑)

〇〇〇〇〇〇

「学歴もキャリアもないので今後が不安なんですけどどうすればいいでしょうか?」

ズバリ、こういう時って不安ですよね。

やっぱり、「自分にはできることが少ない」とか「自分が役に立てることがあまりない」とかって自分で思ってると、どうしたって将来的な視野が狭く感じますし、不安も出てくると思います。

時には、まだなにも大きな事件や緊急的な状況が起こったわけじゃなくても、頭の中で「明るい可能性」とか、「希望」みたいなものが見えなくなって、救いの道がないように感じて、いっぱいいっぱいになってワーーー!!!ってなりますよね。

1人でベッドの上で携帯見ながら、「もうやだーーー!!!わーーーー!!!」って叫びたくなりますよね。

え、なりますよね?

もしならないなら、それはそれでいいことですけども。

で、そういう時にどうしたらいいかってことなんですけども、まずこういう時にわたしがお聞きしてみたいのは、

「今困ってるのって、学歴とかキャリアが今の自分にはないっていう状況ですかね?それとも、自分のやりたいこととか、夢中になれることがないから退屈だけど、どうしたらいいかわからないっていうほうですか?」

ってことなんですよね。

学歴とかキャリアはなくても、日本ではいろいろな求人や公助があるので、なんとか生きていくことはできると思います。(それが本人の望んだ理想的な生活のかたちではないとしても生命維持はできる)

こだわらなければ、仕事はそこまで好きな仕事じゃないけど、推し活やプライベートで好きなことに夢中になれるから幸せって人もいますよね。

また、学歴やキャリアがあったらあったで、じゃあすべて順風満帆にいくかといったらそうじゃないので、「選択肢が多くなる」というメリットはあれど、それ以外でも職場の対人関係で悩んだり、ワーカホリックになったり、金銭トラブルが起こったり、権威を持ったことで周りの目が気になりすぎたり、いろいろと悩む可能性もありますよね。

ということは、「やりたいことや目指したい職業があるけど、今の自分には学歴やキャリアがないのでその職業に近づけない」ということだったらまだ話は早いんですけど、たぶん悩んでるのはそういうことじゃないんですよね。

「なにか今の自分の状況が退屈で、つまらなく感じてるんじゃない?」ということ。

でも、やりたいことや、夢中になれるようなことがあるわけでもなく、そしてそれに拍車をかけるように「自分にはできることが少ないし、役に立てることもない」と自分のことを自己評価してることで、閉塞感を感じるような状況だと。

さらに言うと、たとえば自分の親がけっこう教育熱心だったり、過干渉だったりして、親に言われたように進んできたけど、大事なシーンでの挫折や失敗が多くて自信がないとか、あんまり自分の願望通りになにかをやったという経験がないのでやりたいことが思い浮かばないとかなのか。

それとも、たとえば親は普通の親だったと思うし、自分も普通の子ども時代を過ごしてきたと思うけど、周りを見てなんとなく周りの空気に合わせたり、みんなの流れについていくことが多くて、自分から「これをやろう!」と自発的に動くことが少なかったので、熱中することもないし、なにかと途中で飽きることが多いとかなのか。

高卒・中卒だったりして、アルバイトやパートでフリーターとして働いてきたけど、就職して正社員や大卒で働いてる知り合いや友達からちょっと下に見られるようなことが多くて、自分でもどこか諦めのような気持ちがあって、なにをするにも「今更・・・」という今更感が出てきてやる気にならないとかなのか。

実は短大卒とか専門学校卒業だったり、就職もしたことがあるけど、あまり自分ではそれを「学歴・キャリア」と呼べるものだと思えないので、自分には学歴もキャリアもないと思ってるし、今後もそんな自分になにができるんだろうと焦りや不安を感じているとかなのか。

はたまた、なにかに夢中になったり、好きなことややりたいことというのがあまりなくて、ただただ衣食住をとりあえず確保するためにアルバイトで働いてきたり派遣で働いたりしてきたけど、「なんのために、なにが良くて生きてるんだろう?」っていうところがわからなくて、これがいつまで続くんだろう?と思うと怖くなるとかなのか。

よく聞いてみると、実際に悩んでいるところが、「学歴・キャリアがない」ということと関係ないところだったり、発端はそこだったんだねってところだったりするんですよね。

「あぁ、本当はこの感情で悩んでたんですね。たぶん昔からそういう感情を感じてきて、すごくイヤだったんですよね」とか。

なので、そういう時にわたしがどういうことをお伝えするかっていうと、「今つまらないとか、退屈ってことに気づけてよかったですよね」ってまずはお伝えします。

「まだ生きてるから、むしろチャンスじゃないですか。退屈ってことに気づけたなら、これからどうしたら自分が退屈じゃなくなるかとか、どうしたら今より心地よくなるかとか、いろんな可能性の策を練れますよね」と。

今このまま死んでも後悔しませんって状態なら悩まないと思うんですけど、このまま死ぬのはなんかイヤとか、後悔すると思うから悩むんですよね。

じゃあ、まだ生きてるんだから考えられるじゃないですか。

ちょっと極端かもしれないですけど。

あとは、「学歴やキャリアがないと幸せになれないなら、今世界中でめちゃくちゃ幸せになれない人が溢れてることになりますけど、そうじゃないと思うので、学歴やキャリアがあろうとなかろうと、どうやったらもう少し幸せになるか考えてみましょうか?」っていうことをお話します。

それがないと幸せになれないとか、選択肢が少ないから幸せになれないっていうことはないと思うんですよね。

ただ、本人としては「それがない自分はダメな人間だ」とか、「こういう人間じゃないと本当の幸せは手に入らない」とかって思いこんでる可能性もあるので、その誤解を解きつつ、「まぁまぁまぁ、学歴とかキャリアとか外側のものは一旦置いておいて、内側の自分の幸せとか喜びを探ってみましょうよ」ということでお話を聞いていきます。

そうすると、意外に「あ、なんか正社員とか管理職のようなかたちまで頑張らないとダメだって思ってたけど、別に今のアルバイト生活でもぜんぜん良いのかもしれません」みたいな人だったり、「学歴とかキャリアがないとこういう生活はできないと思ってたけど、今の彼氏と結婚して同棲したらそれはそれで幸せかもしれません」みたいな人もいたりするんですよね。

家族がいたり、パートナーがいたり、子供がいれば、またそこは各それぞれの生き方や過ごし方もあって、協力できるところは協力したり、お互いがいてこそ得られる感情があると思うので、そこを強化したり、理解し合えるように見方を変えるチャンスでもありますし。

1人で生きていく人にしても、今実家だったり、地元だったり、暮らし慣れた土地で住んでるとしても、一人だからこそ身軽に引っ越しや他の場所に移住できたり、好きなようにお金を使えたり、誰かを呼ぶのも、ペットを飼うのも、家のインテリアや時間の使い方も、すべて自分好みに変えたりできる良さもありますね。

そういうふうにして、学歴やキャリアや家や車みたいに外側にあるものは一旦置いておいて、それより心が喜ぶこと、自分が好きなこと、どんな環境と人がいたら自分らしくいられるか、いいなと思う生き方、なんか惹かれる時間の使い方など、そういうところから考えてみませんか?と提案したりします。

もちろん、一概に「じゃあこうですね」とか「こうしたほうがいいですね」とかは言えないので、個別論になりますが、ちょっと見方を変えると「どうにでもなるもんかもな」と可能性を広げることができますので、一度自分を振り返ってみてはいかがでしょうか?というお話でした。
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それではきょうも、しんしんと降る雪に埋もれてすやすやとガリガリ君が寝ていたようないい夢をみましょう~!




こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

最近めっちゃ気に入って買ってもらったTシャツ。
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「銀河で一番かわいいスターウォーズ」のパワーワード。

この「うん〇中なの?」っていう、なんとも言えない顔のヨーダが良い。

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「大切な人がいなくなってしまって喪失感や無力感がひどい時はどうしたらいいですか?」

大切な人が亡くなったり、離れてしまったり、さまざまな事情からそばにいられなくなってしまった時、みなさんにも経験があるんじゃないかなと思います。

すごく悲しかったり、悲しいはずなのに心がシーンとして動かなかったり、過去の出来事を思い出して涙が出たり、罪悪感や後悔が押し寄せてきたり。

本当にショックな時って、人間は心を守るために、ブレーカーを落としたときのようにシーンとして真っ暗でなんにも感じられないような心の状態になったりします。

だから、起こった出来事が自分にとってショックなほど、心が耐え切れないような出来事だった時ほど、「あれ?なんか自分元気じゃん?涙も出ないし仕事も行けるし、けっこう大丈夫だな」なんて思いがちなんですけど。

それはちょっと思い違いというか、勘違いというか、そのショックな出来事と正面から向き合ったら心が耐え切れないので、心のブレーカーを無意識に落としてしまった状態なだけなんですね。

なので、ふとした瞬間や、向き合える余裕ができたときに心のブレーカーが上がって、その事柄や大切な人のことを思い出したり、心が動き始めると、今まで感じないようにしてきた喪失感や悲しみ、さみしさや罪悪感、後悔や無力感、怒りや放心などの感情がやってきたりします。

もちろん、そこにはマイナスな感情だけでなく、「あの人にはこんないいところがあったなぁ」とか、「こんなすばらしい思い出を残してくれたなぁ」みたいな、心に残る温かさ、優しさ、うれしさや希望もあったりします。

ただ、その対象が自分にとって心を占める喜びや満たされる存在であったほど、その大切な人や大切なものを亡くしたり、離れたときに訪れる感情はやっぱりマイナスに感じるものが多くなると思います。

そんな時に、どうしたらいいか?ということですが、まず最初は、「そうだよね、悲しいよね」と思っていいと自分に許してあげることが大切です。

悲しいよね。

悲しかったよね。

悲しいんだよね。

いっぱい、思いがあって、言葉にならないんだよね。

いっぱい、思い出があって、ごちゃごちゃなんだよね。

いっぱい、好きだったんだよね。

大切だったんだよね。

いっぱいいっぱい、一緒にいたかったよね。

悲しいね。

悲しいよね。

悲しい。

いなくなっちゃってとっても悲しい。

うん、悲しいね。

悲しいよね。

悲しいね。

そうやって、自分に「悲しい」という感情、「失ってしまった喪失感」という感情を感じられるように心で寄り添った言葉をかけてあげます。

これは一日でどうにかなるとかじゃなくて、やっぱり少なくとも1ヵ月、心のブレーカーが落ちることが多い方は、ブレーカーが上がったタイミングで都度都度やっていただいて、できたら3カ月くらいは静かに向き合う時間をとったほうがいいです。

そして、少しずつ心が強い悲しみや喪失感を感じなくなってきた時、次は無力感などの感情の対応に入ります。

人は無力感が強いとき、「自分は何の力もない」とか、「自分には大切な人の喜びになれる力がない」と思って罪の意識を持っています。

つまり、大切な人に対して「守りたい、助けたい、理解したい、役に立ちたい」などの思いを持っていたのにもかかわらず、それがうまくいかなかった(うまくできなかった)と自分が思ってることで、罪悪感がある状態なんですよね。

そう思ってる時(あきらかな罪悪感ではなくても、無力感を感じてる時は心のどこかに罪悪感がある時)、私たちは自分の意識だけにとらわれやすくなります。

罪悪感というのは、つねに自分で自分を幸せにしない方へ導く感情と言われていますが、誰かが自分を否定したり、罪の意識を植え付けさせたというより、自分でそういう罪の意識を持つ選択をしたと言ったほうがいいかもしれません。

同じ出来事があっても、罪悪感を深く感じる人もいれば、そこまで感じない人もいるように、なにかあった時の捉え方や受け取り方は人それぞれ選択できる力を持っています。

そして、誰か大切な人が亡くなったり、離れてしまった時というのは、起こった事柄がショックすぎたり、自分にとって大切だった(守りたかった・助けたかった)気持ちが大きいほど、その気持ちのやりどころがないからこそ、自分を責める罪悪感という気持ちが出てきやすくなりますが、そこでは捉え方を変えられないか試してみる必要があります。

その罪悪感を持ってほしくて、深い無力感を感じて欲しくて、あなたの大切な人は離れていったんでしょうか?

あなたにずっと罪の意識を持って欲しくて、亡くなったんでしょうか?

あんなこともあったし、こんなこともあったし、たしかに楽しい思い出だけじゃなくて、たくさんいろんな思いがあったかもしれないけど、じゃあ今あなたがそんなに罪悪感を持って幸せになれないなら、最初から出会わないほうが、あなたを幸せにできたんでしょうか?

人間だから、できないこともあったし、助けられないこともあったし、理解できないこともあったと思うけど、大切な人を好きになった気持ちは、大切に思ってきた気持ちは、そこにあった心の温かさは、すべて無駄だったんでしょうか?

もしかしたら、あなたの大切な人は、たしかに助けてほしいと思ったことがあったかもしれません。理解してほしいと思ったことがあったかもしれません。

あなたがそう思うなら、そうだったのかもしれないけど、でも、本人は本人で、生きうる限りの本人なりの人生を生き切ったとも思えませんか?

自分には理解できないこともあったかもしれないけど、本人なりの人生を頑張ったと思いませんか?

助けたい、守りたい、理解したい、役に立ちたいと思うあなたがもし逆の立場なら、自分が大切な人を離れた時、あっちの世界に飛び立った後で、「助けられなかった・・・役に立てなかった・・・」と罪悪感を持って悲しむ大切な人を見て、「おいこの野郎ー!!!なんで助けてくれなかったんだ!」って怒ると思いますか?

あなたなら、怒らないじゃないでしょうか。

だって、あなたは「助けたい・役に立ちたい・理解したい」と思う、その気持ちのありがたさを知ってるはずですから。

だから、自分が罪悪感や無力感にまきこまれた時こそ、その大切な人の生きてきた道、生きてきた軌道を思い出して、それが自分にとって理想的な道(こう生きてほしいという自分の理想)じゃなかったとしても、ちゃんと「それが大切な人なりの人生だったんだ」と認めてあげるんです。

経済的、身体的、対人的、仕事的に、さまざまな苦難や困難があった人生だったかもしれませんし、自分が知らないところで歯を食いしばったり、頭を下げたり、人に疎まれたり、誤解されたり、孤独を感じたこともあったかもしれません。

でも、それを本人なりに、今生(輪廻転生があるとしたら今回の人生)で、なんとか生きてきたと。

生き抜いてきた。

離れるその日まで、本人なりに生き切ったと。

そうやって認めてあげたほうが、大切な人もあっちの世界でゆっくり笑っていられるかもしれないですよね。

いつまでも自分が罪の意識を持ってると、大切な人のことを勝手に「私を許さない人」にしてしまうかもしれませんから、そうならないためにも、できる限り「頑張ったね、生き切ったんだね」と思ってみるんですね。

そして、「天寿(天から授かった寿命)を全うする」という言葉もありますが、もし天寿だろうが、天寿じゃなかろうが、本人の今生(今回の人生ではこんな人生を体験することになっていた)結果がそういう人生だったのなら、それが本人的にたくさん苦を感じたり困難があったとしても、「よくそんな人生を今生では生きぬいたね」と、大切な人に近かったあなただからこそ言ってあげられると思うんですよね。

大変だったり、がんばってたり、本人が生きてる姿を見てきたあなただからこそ、「すごい人生だったね」と言ってあげられると思いませんか?

自分があっちの世界に行ってから「ごめんね」とずっと謝られるより、やっぱり「すごい人生を生き切ったね」とか、「こんな大変なことなかなかないよね、すごかったよね」と話してくれる人がいるほうが、いいと思いませんか?

それでも、心のどこかには「ごめん」と思う気持ちがあるなら、そういうクライアントさんに私がいつもお伝えすることは、「じゃあさ、あなたがいつかあっちの世界とか、大切な人に会える世界に行ったら、その時にちゃんとごめんって言えばいいじゃない」と言います。

今は直接伝えられないかもしれないけど、会ったらちゃんと「あの時はごめんね」って言おうと決めるんです。

許してもらえるか、許してもらえないかわかりません。

でも、もう許してもらえなくても、少なくとも会って「ごめん」って言うことを決めちゃえば、あとはその時にまた考えればいいじゃないですか。

今から「絶対許してもらえないかも」と考え続けるんじゃなくて、許してもらえなくても会ったら謝ろうって決めることは、すごく大切なことです。

個人的な話をすると、わたしの母も1年半前に亡くなりましたが、母が交通事故や鬱発症からアルコール依存症となって、母と共依存になってから距離をとってきました。

母が亡くなって、お葬式にも駆けつけませんでした。

すごく親不孝な娘だなと自分で思います。

でも、共依存となった状態で、あれ以上私がサポートしたり、母の近くで役に立とうとしていたら、私が潰れていたか、罪悪感からこの世からいなくなろうとしていたと思います。

だから、本当はもっとできることをやったり、役に立ったり、助けられたらよかったけど、あれ以上できなかった、申し訳なかったという思いを、わたしがあっちの世界に行ったら母に直接伝えようと思っています。

母が許してくれるか、許してくれないかは関係なくて、まずは謝ろうと。

そして、そこからまた母といっしょにあっちでは乾杯できたらいいなと思っています。

だから、そこまではわたしもまだどんな人生がこれから続くかわからないけど、わからないなりに、自分なりに生き切るよと。

罪悪感にまみれて、罪を背負い続けるように生きるんじゃなくて、できる限りまた会った時に笑える土産話をたくさん持って行けるように、そうやって生きてみるよと。

そうやって生きてみた方が、あなたのことを今大切に思ってくれてる人も喜んでくれるんじゃないでしょうか?

あなたがまたあなたなりの人生を歩いて行けるように、ここにふぁーこが願っています。
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それではきょうも、下着に「秘密の質問」でセキュリティ強化できるようになったようないい夢をみましょう~!




こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

うちの下でシャウルマ(ケバブサンドみたいなやつ)を食べる男2人。
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彼が同じすぎると思って撮っておいたらしい。
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同じ格好すぎw
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ニコイチかw

〇〇〇〇〇〇

「見てもないこと、聞いてもないことを想像して不安になる時はどうしたらいいですか?」

優しくて感受性豊かで、適応力高めで、サポートや誰かの支援がふつうにできちゃう女性性高めの方、こんにちは!

想像力豊かすぎて、「〇〇って言ったら〇〇ってことなんだろうな・・・」とか、「〇〇がこういうテンションのときはだいたい〇〇だろうからこうしてあげたほうがいいよな」とか、「彼がこんなに頑張ってるのは〇〇したいからなんだろうな」とか、いろいろ予想したり想像したりして、誰かのサポートとか、自分ができることを自然に考えてこられて、実際やってきたと思うんですけど。

でも、自分の足場がちょっと不安定になってたり、精神的に余裕がなくなったり、経済的にゆとりがなくなったりしてる時って、どうしたって想像することがちょっとマイナスの想像になりがちですよね。

「彼は〇〇することが好きだからこういうことを言ったんだろうな、わたしにも言ってくれてうれしいな」とかっていうプラスな想像より、「こういうこと言うってことは、〇〇するから会う時間がないって言い訳したいってこと・・・?」って考えちゃったり。

その人が今なにをしてるか実際に見てないけど、「こんなに連絡がないってことは、わたしより大切なものがあるんでしょ」って思ったり。

というわけで、そういうちょっとメンタルジェットコースターのみなさんにやってみていただきたいのが、第一に「わたしは今不安なんだ」ということに自分で気づくこと。

自分の足場や経済的に不安定とか、精神的に余裕がないという客観的状況ではなく、まずは自分の心の中に「不安」という感情が大きく出てきているんだと主観的な気持ちを理解してみてください。

言葉にできないけどなんかモヤモヤする感じ、不安で胸がドキドキする感じ、とにかく動かないといけないと思う焦燥感や落ち着かない感じ、呼吸が浅い感じ、自分がどうにかなってしまいそうだけどどうすればいいかわからない怖さや不安感。

そんな感覚や、自分の中に「不安」が心を大きく占めているんだと思ってくださいね。

そんな時、その不安を解決するため(不安じゃなくなるため)に、「想像」というものを使って、自分を守ろうとしたり、リスクを回避しようとしていろいろな考えが出てきたんですよね。

なにかで傷ついて、まだその傷が治ってないときっていうのは、またそこが傷つくのが怖くなるし、そのリスクを回避しようとするのが当然です。

なので、不安が多く出てくるってことは、傷がまだ治ってない証拠でもあります。

だから、まずは「その傷がまだ生傷だから不安が出てきたんだ」と思ってください。

胸に手をあてて、深呼吸を繰り返しながら、「不安なんだよね、怖いんだよね。大丈夫だよ。まだ私は生きてる。今生きてるから大丈夫だよ」と自分で繰り返し繰り返し唱えてみてください。
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そして、少し落ち着いたあとで、想像するなら「自分が今までやってきたこと」を思い出して、それをやったときにどういう気持ちだったかを思い出してみてください。

なにをやってきたかは人それぞれ違うと思いますが、人によっては「小さいころお母さんの帰りを待って家のお手伝いをしてた」人もいるでしょう。

人によっては「学校の委員会で誰よりも議題をたくさん考えてきた」とか、「初めて大学で親友と出会った」という人もいるでしょう。

「友達の恋の仲人になれるように協力した」とか、「結婚した時にオリジナルの結婚式がしたくて企画から実行まで全部自分一人でやった」とか、「初めて就職した先で初めてもらったお給料でいいお酒を買った」という人もいるでしょう。

やってきたことはいろいろですが、そこでやってみて自分がどう感じたかというのは自分しかわからないですよね。

なので、自分の過去を思い出して、そこでどんな感覚・気持ちだったか思い出すことで、自分のことがよりわかって落ち着くことができたりします。

これをやってみてほしい一つ目の理由は、「思い出した感情から、今自分はどんな気持ちなのかや、潜在意識がどんな気持ちを持っていたいのか理解するため」です。

もし思い出した記憶から、イライラした気持ちになるなら、今潜在意識では怒りを吐き出したいモードなんだと思っていいと思います。

思い出した事柄だけでなく、なにか心の中に「怒り」が溜まってきていて、それを吐き出したいモードだったので、そういう記憶を無意識にピックアップしたんだと。

もし悲しい気持ちになるなら、潜在意識では悲しい気持ちや傷を昇華したいモードなのかもと思ってみてくださいね。

そして、そこで出てきた感情や感覚は否定することなく、「イライラ」するなら書き出してもいいですし、誰かに聞いてもらってもいいですし、悲しいなら悲しい気持ちをただただ感じたり、悲しい物語やストーリーを見て涙を流すというのも一つの昇華の方法です。

今までやってきたことを思い出すことをやってみてほしい二つ目の理由は、「それをやってきた・経験してきたと改めて承認するため」です。

今まで自分がやってきたことや、経験してきたことをどこかで承認できていなかったり、否定したりしていると、どうしたって自信はつきにくくなりますし、自信がつかないことから不安も出てくることが多くなります。

また、このプロセスの中で「許せない自分」が出てくることがあったりします。

「あの頃こんなことをしてしまって許せない」とか、「〇〇するのは見捨てるみたいでこんなこと絶対できない」というように、自分の中に許せない自分を見つけたりします。

それが幸せになることを拒んでるところだったりするので、そこに触れて「許せない自分」を解放してあげるプロセスが大事だったりするのですが、それは一人でやるというよりは、どちらかというとカウンセラーや専門家を入れてほしいところです。

というのも、深い罪悪感や感情の層を扱うとなると、一人でやったときにパニックだったり動悸だったり、自分で制御できないくらいの不安感に襲われたりすることもあるかもしれないので、できればカウンセラーや専門家や、信頼できる人などといっしょに許せない自分を許すプロセスを進めるのがおすすめです。

もしも一人でやるなら、「失敗したこともたくさんあったけど、そんな苦難も含めて今までよく生きてきた」ということを自分に言ってあげることです。

「むしろ、よく生きてきたんじゃね?」と。

「成功」というのは結果的に後付けでそう思うだけで、あなたの思う「失敗」も、誰かから見たら成功の一つかもしれないですよね。

成功というより、「その失敗談や経験も、あなたの一つの魅力だよね」というふうに感じることもあるんですよね。

だって、それを経験してきたから今のあなたができたわけでしょう。

その経験や今までやってきたことがなければ、今のそのあなたにはなってなかったかもしれないと思うと、その経験一つ一つにありがとうと思うわけです。

なので、自分ではそう思えないという人は、信頼できる人に話したり、わたしに笑い飛ばしてもらう前提でぜひ話しにきてほしいなと思います。
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それではきょうも、ビリビリに破いた紙が紙石鹸になったようないい夢をみましょう~!



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