WhyWhyなんでブログ

思わず笑っちゃう人生でありたい。笑える明日を、今日取り戻そう。

カテゴリ: お悩み相談コーナー


こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

マンホールって、地域によって描かれてることがちがってかわいいですよね。
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ジョージアは絵が描いてあることはないんですけど、「グルジア(ジョージア)」っていうジョージア語の文字がかわいいなと思って撮りました。
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საქართველო(サカルトヴェロ)→意味:グルジア(ジョージア)

こういうのを見るのも、ご当地ならではの楽しみ方かなと思ってます。


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「どの職場でも必ず一部の人から攻撃されるんですけどなんでですか?」

職場って、一日の起きてる時間の大半を過ごす場所なので、できるだけみんな「自分の思い描くように快適に過ごしたい」と思うものですよね。

でも、そのそれぞれが思い描く「快適さ」がちがったり、価値観ややり方、状況や心境がちがったりして、そこでなにか確執や衝突が生まれたり、気づいたら巻きこまれてたりするんですよね。

それで、ぶっちゃけ自立的で思考的な人ほど、思わぬかたちで攻撃などをされはじめた時に、「てめぇのアレやコレなんて知らねぇよ!仕事しにきてるんだよこっちは!仕事させてくれよ!」と思うものですよね。

もしくは、「攻撃する暇があるなら仕事をしろよ!一枚でも皿を洗ってくれよ!!!」と言いたくなりますよね。
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あ、それはわたしの心の声でした。すみません。

これ、ちょっとわたしの中では、こういうことが起きる方と起きない方で、ある傾向があるかなと思うことがあるんですね。

それは、こういうことが起きる方によく話を聞くと、「実家にいた頃に母親が過干渉だったり、心配性だったり、すごく強気で口出しをしてくる家だった」という事が多いんですよね。

小さいころの先生がそうだったという方もけっこういます。

で、たとえば小さいころに母親や身近な大人から感情的に話されたり、干渉されてきたり、聞き役をするしかなかったとするじゃないですか。

そうすると、「自分の気持ちや要望を打ち明けて受け入れてもらう」という体験より、「母親(大人)の気持ちを聞いたり受け入れる」って体験のほうが大きくて、なかなか自分から自己主張できなかったり、安心感を得られなかったりすることで、前に出ることが苦手になったり、等身大の自分に自信を持ちにくくなったりするんですね。(すべての方がそうというわけではないです)

でも、それに慣れるというか、そういう環境がふつうだったとすると、(自分が意識せずとも)「誰かの感情を受け入れる」っていう心の器も持つようになるんですね。
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そうすると、それはある意味長所であり、価値そのものなんですが、その価値に自分じゃ気づかないとするじゃないですか。
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そしたら、「え?なんかこのスペース空いてない?入っていいの?なんにも書いてないし、いいよね?」って感じで、そこをある意味悪気なく(一番そういうのがめんどくさいんだけど)使おうとする人が出てくるわけです。
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もし、自分がその長所とか価値を受けとって、「そうか、この器の広さを勝手に使おうとする人もいるんだ。使っていいかどうかは事前に申請してくださいって書いておこうって予防策をとったり、信頼できる人に心のメンテナンスや処置が適切か見てもらったり、自分が人を選んだりしなきゃいけないだな」と思っていたら、ここで攻撃されても対処できていると思うんですね。

でも、自分でもその長所や価値に気づいてなかったり、認めてないとすると、外の人からは心の一部が無防備に開きっぱなしに見えるので、「じゃあちょっと失礼しますね」って勝手に落書きしたり、思わぬことをやらかしに来る人がいるわけです。

というわけで、よく言われている「自分の価値や長所に気づきましょう、受けとりましょう」というのは、そのような攻撃から身を守るためにも必要だよってことなんですよね。
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そういうことをいうと、「なんで攻撃される側が大変な思いをしないといけないんだ」って思うかもしれないんですけど、そんなときは、「わたしは本当に自分を幸せにするんか?わたしはわたしをもっと幸せにしたいんか?」ってことを確認する必要があります。

自分にはまだまだ罪悪感や無価値感があるのかもしれない。

自分はまだまだ不器用でちょっと自己肯定感が低かったり、至らないところだってあるんだろうと。

そんな自分の、最終的な目的や目的地がどこにあるのか?ってことなんですよね。

今ここに立ってる自分がなにかを許せないのに無理して許そうとしたり、犠牲をしていい子になったり、我慢して優しくしたり、相手に同情したり、なんてことはまっっっったくしなくていいんです。



でも、どこを向いているんだっけ?っていう、わたしは「戦いたい」のか?ここで止まって「復讐したい」のか?それとも「わたしはわたしでしあわせに生きていきたい」のか?ってのをもう一度考える必要があって。

その中で、もし必要があれば「誰かへの思いを手放す」とか、「自由への許可を出す」とか、「自分を許す」とか、「気持ちを伝える」とかっていう自分の豊かさや幸せのためのステップを踏むことで、また地に足がついて周りのことに動じない自分ができていったりしますし、もっと自分らしく生きるために「長所や価値を受けとる」っていうのがとても大切なんですね。

だから、「攻撃される」っていうのはたしかにショックだし、嫌だし、めんどくさいし、なんでなの?って思ったりすると思うんですけど、丸腰の人がライフル銃を構えた人に攻撃しないのといっしょで、自分がドシッと「オッケー!ドンとこいや!」くらいになってれば、たいていの攻撃は怖くなくなりますので、ぜひ自分の長所をどんどん知って自信を持っていただきたいなと思います。
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そうすれば、相手を変えられなくても、自分が変われば状況や世界が変わりますからね。

で、もう二つ、こういうことが起きる方にお伝えできることがあるんですけど。

一つは、「もっと仕事を好きにやろう or 好きなこと(ライフワーク)にもっと熱中しちゃおう」ということ。

どういうことかというと、もしあなたが本当に仕事が好きだとか、仕事じゃなくても自分の心を幸せにできるようなこと(ライフワーク)があるとしたら、攻撃してくる人がいたとしても、そこまであまり気にならないというか、重要じゃないというか、あまりそこに意識をとらわれ続けるということがないんじゃないかと思うんですよね。

だって、自分の大好きなことをしていたら、自分がその好きなことをし続けるために、どんな困難でも乗りこえようと全力を尽くせたり、あまりその好きなこと以外に意識をもっていられなくなると思うんですよね。

たとえば、これは極端な例ですけど、自分のとても大事な人(パートナーとか子供とか)が病気になってしまいましたと。

で、今は根本的な治療法がないと言われましたと。

でも、なんとかならないかと思って治療法などを全力で探した結果、となりの県の病院で良くなる手術が最近できるようになったらしいと知りました。

その病院に行って話を聞いたら、今まで通っていた病院よりだいぶ費用が高額になるとのことだったのですが、あなたはなんとかして治ってほしいなと思って、その病院で大事な人の手術を受けさせてもらうことにしましたと。

その後、あなたは必死に働いて大事な人をサポートしました。

そして、結果的に手術は成功して、あなたの大事な人はとても元気に回復していますと。

そんな流れの過程で、もし仕事であなたのことを攻撃してくる人がいたとしても、あなたの一番の意識って、たぶん「大事な人がどうなるか?」とか、「良くなるか?」ってことに向いてると思うんですよね。

もし、その大事な人がそこまで大事じゃなかったら、「別にど~なっても知らんけど」って感じでしょうけど、大事な人ほど、自分も全力を尽くしたくなると思うんですね。

だから、仕事が好きだったり、好きなことをやることの一番の功名は「それどころじゃなくなる」なんじゃないかなと。

「え?なに?・・・ん?わたしのこと嫌い?そっかそっか、うんオッケーオッケー、ごめんちょっとそれどころじゃないんだわ」みたいな。
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相手の嫌いとか好きとか、そういう「相手が自分をどう思ってるのか?」より、自分の「〇〇が好き」が勝つんですよね。

相手の機嫌や態度に振り回されないというか。

なので、自分がどんな仕事が好きで、どんな人が好きで、ライフワークや自分の心の幸せはなにで彩られてるのか?っていうのを、ちゃんと自分で自覚して大切にしていれば、相手のペースに巻きこまれたり、振り回されることは断然少なくなるので、もっともっと好きなように好きなことをやっていきましょうということですね。

もう一つは、「自分も誰かとつるむのが好きではないがゆえに、相手も相手で自分のことを異物として認識してくれている(いい意味で)」ということ。

いわゆる、あなたが一匹狼派だったり、それとなく仕事場では円滑に人間関係を築けるんだけど、それは仕事場に限った話で、自分の素は別にあるというような場合ですね。

たとえば、自分の服がたくさん入っているクローゼットやタンスを思い浮かべてほしいんですけど、その自分の服の中に、自分がぜんぜん着ないようなブリブリでキャピキャピの服が入っていたとしたら、どう思うと思いますか?

なんか違和感を感じたり、あんまり自分の好みじゃないなと思ったら、ちょっとそこから退かしたり、これは捨てようかなと思ったりしますよね?

異物というのは、いい意味で目立つんですよね。

だからと言って、人を攻撃していいのかと言われるとそれは別の話なのでちょっと困っちゃうんですけど、異物ってわたしはすばらしい長所だと思ってるんですね。

なぜなら、それは、「ちゃんとあなたにはこんな個性があって、こんなスペシャリティ(強み)があるよ」ということに他ならないですから。

だから、「自分とは?どんな部分が個性的でユニークなのか?」という部分を知って、受け入れることができると、「人は人、自分は自分でいいんだ」という自分軸で、相手との間に境界線を引いて、それぞれの道を生きていけると思うんですね。

それができてない時とか、「こんな個性や自分はダメだ」って否定感が強い時に、攻撃してくるような人に意識をとらわれやすくなっちゃうんじゃないかなと思うんです。

なので、そのまま自分路線でいっちゃおうよ!ってことです。

せっかく相手から「異物(いい意味で)」と距離をとってもらってるので、もっともっとこっちはこっちで自分軸で生きちゃおーぜってことです。

そうやって「自分は自分でやることをやるだけだ」って強い責任感でやってるのも知ってるし、人に対しても誠実に対応しようとするあなたのことを見てる人は必ずいるので、サクッとパクっと、胸張って生きていきましょう!って話でした。
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それではきょうも、ナットと合体できるようにボルトがオシャレしはじめたようないい夢をみましょう~!

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こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

閑古鳥で埋まってて、人気がしないブログだったと思いますが、まぁよく考えたらそれが通常営業でございました(笑)
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とはいいつつ、ちょこちょこカウンセリングをしたり、コーセリングのご希望をいただいたりしております。

こういうお店(カウンセラー)をやってると、「過去の記事を見てきました」っていう初見のお客様とか、「ふぁーこさんまだやってる~?」なんて感じで来てくれるリピーターさんがいたりして、来てくれた方々にはもちろん感謝なんですけど、このお店をはじめた過去の自分にも感謝したくなる時があります。

「お前のおかげで今日もすてきなご縁があったよ」と。
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過去の自分からしたら、未来の自分がどうなってるかってぜんぜんわからないですよね。

でも、この過去の自分や今の自分が未来の自分をつくりだせるから、今の自分が納得しつづけられるように生きたいなと思います。

なかなか難しいけど、がんばりたいときはがんばって、がんばりたくないときはがんばらないで、今日もおなかいっぱい大切な人と美味しいものが食べれて幸せだったという日を送れたらわたしは最高です。

というわけで、みなさんにもおいしくて満たされるようなカウンセリングをおつくりしますので、たまには寄ってってくださいませ。


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「また同じところをグルグルして落ち込む時はどうしたらいいですか?」

元気ですかー!

どんな調子ですかー!

最近変化してますかー!

変化があれば進化もできる!

とはいいますけど、外見の変化はともかくとして、内面の変化とか、キャラクターとか人格的な変化って、そうそうすぐにはわからないものですよね。

周りの人を客観的に見たときに、「こことここが日々変化してるんじゃない?」なんて相手には言えるようなことも、やっぱり自分のことになると、なかなかわからないと思うんですよね。

もし「わたし変化してる!」ってわかるとすれば、すごく詳細に自分のことを記録してるとか、日記に書いてるとか、言動をすごく意識して認識してるとか、過去の自分と今の自分を照らし合わせるなにか(データや記憶や感覚的なもの)がないと難しいと思うんですよ。

だから、なにかと不安が強かったり、自分への否定感や、自責の念が強い人ほど、「わたしってぜんぜん変わってないし、ダメダメだな」なんて思ったりするんですけど。無題1125_20240516221218
わたしも、いつもではないですけど、たまに「あ~やっぱり変わったと思っても全然根本は変わってないんだな」とか、「自分って本当にわがままで頑固だよな」とか、こういう思考になることがありますね。

だって、そう思わないと、惨めですからね。

一生懸命生きてて、精一杯考え尽くして頑張ってるのに、思った通りに結果がぜんぜん伴わない時って、けっこうショックだと思うんですよ。

中学の時、わたしはよく部活で陸上の大会に出場したんですけど、毎日毎日放課後とか休みに全力で練習したり、顧問の先生にしごかれながらも走りまくったりしたんですね。

そうすると、「次の大会ではこれくらいのタイムを出したい」とか思うようになるじゃないですか。

で、結果思ったような走りができなかったり、タイムや順位が思わしくなくて、次のステージに進めないと、ほんとにめちゃくちゃ悔しかったですからね。
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まだ、これは体の能力的な問題だったり、明らかに数値でわかる結果なのでわかりやすいんですけど。

でも、「幸せになったかどうか」とか、「自分の人生に納得してるかどうか」とかって、内面の話なので、数値じゃなかなかはかれるものじゃないじゃないですか。

変化してると思っても、それが良い変化をしてると信じてたのに、思ったより良い変化じゃなかったり、あまりにも変化の幅がなさすぎると、自分で自分に期待してるだけガックリしますよね。

こういう、「同じところをグルグルしてるだけだったのかわたしは・・・」と落ちこみそうになるときって、みなさんにもあるんじゃないかなと思います。

とくにハードワーカーの方や、罪悪感が強い方、思考で考えがちの方には、けっこうあるあるかなと思っています。

そこで、こういう思考になった時にわたしがおすすめしている考え方は、まずは「まだ自分を幸せにしてあげたいと自分は思えてるんだ」と認識することです。
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当たり前じゃないか!と思うかもしれないけど、本当にこの思考って大切で。

当たり前のことを私たちは忘れがちなので、まずはそこから認識していくと、思考って落ち着くんですよね。

「あ~そうだった、そうだった」って感じで。

だから、「また同じところグルグルしてるよ・・・」って落ちこんだ時は、「なんで落ちこんだのか」→「まだ自分のことを幸せにしてあげたいと思ってるから」だと思ってみるといいんじゃないかなと思うんですね。

でも、そうは言っても結果は変わらないじゃないか!という方もいるかと思います。

そんな時は、「いいネタができた」って思ってみてもいいと思うんですけど、「一人で考えず信頼できる人にシェアする」というのがおすすめです。

別に解決法を聞くとか、変化するためにどうこうするわけじゃなくても、ただ聞いてもらうだけで自分の心が落ち着けば、またそのグルグルから自発的に出ていこうと思えるようになると思います。

一回最初に失敗感とか無力感を感じたあとで、たとえば誰かに話したりして、「受け止めてもらう」という体験を通して、「そうそう、自分のこういうとこなんだよな(笑)」ってふうに自分でも受け止められるようになると、次のことを考えられるようになります。

それから、自分以外の人の声とか感情とか考えとかが自分のグルグルの中に入ってくると、それだけでもう過去のグルグルとは違ったグルグルになってるはずなんですよね。(グルグルグルグル言っててちょっと意味わからない)

あとは、そのどこから出るかとか、どう出るかで、また過去とは違う道を歩んでいくことになります。

そう考えれば、今までまったく同じ瞬間、まったく同じ出来事がないのと同じで、グルグルはするとしても、過去の経験を経てまた新たなグルグルゾーンに入ってるので、少しずつちがうグルグルにバージョンアップしてたりするんですね。

でも、それもやっぱり自分では「まったく一緒だろ」って感じがして、客観的に言われないと気づかなかったりします。

だから、誰かに話すとか、基本に立ち返る(当たり前を認識する)っていうのは、自分が自分を扱う上でとても大切な行動だと思っています。

でも、もしそれすらできないくらいボロボロに落ちこんだ時は、「まだ生きていたいから落ちこんでるんだ」と、自分の「生存欲求」から認識するといいかなと思います。
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マズローで有名な「欲求の5段階」というのがありますが、この一番最下層にある(人間が最初に求める欲求)の「生理的欲求(生存するために必要な欲求)」を認識するのって、日々の生活ではなかなかないですよね。

毎日、「あぁ、今日もわたしは生存するために食欲があるんだな」とか、「今日も生きるために寝たいんだな」とかって考えないですよね。

なにかすごく命に関わる状態でなければ、「生きてるのが当たり前」って感覚になると思うんですよ。

でも、落ちこんだ時こそここに立ち返って、「わたしはまだ生きていたいから、心がちゃんと反応して落ちこんでるんだ」って認識していきます。

良い悪いではなくて、「わたしは今ここに生きてるし、まだ生きていたいから体や心の反応があるんだな」と思ってみるんですね。

そうすると、過去やってしまった失敗や、自分を責めるべき過去ではなくて、「今ここにいる自分」という意識に戻ってこられます。

これは自分責めが癖になっていると、またグルグルに戻ったりもするのですが、そんな時も「あぁ、まだ生きていたいからグルグルに入ってるんだな」と思ってみると、そのうちグルグルから出られるのも早くなっていきます。

というわけで、かなり思考的な話になりましたが、「自分グルグルしてしゃーないねんけど」という方は、ぜひ一度やってみていただきたいなと思います。
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こんばんは!

WhyWhyカウンセラーのふぁーこです!

きょうはココロノマルシェへのご相談にお答えしたいとおもいます!


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「未練と執着と罪悪感」

がーすーさんからのお悩み

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はじめまして。
33歳の男です。

私は24歳頃に学生時代から3年くらい付き合っていた彼女と失恋しました。
理由は、仕事の都合で私が日本、彼女が海外で短期の遠距離になった際に、そばにいない分、支えてくれる周りの人が大切になり、好きじゃなくなったと言われ、振られました。

そこから、かなりの未練、執着があり復縁を望みましたが、受け入れてもらえず、半年以内に次の恋愛に進みました。

ですが、次の彼女は、まだ未練があった為にうまく愛する気持ちが湧かず、1年も持たずに振られました。
そのあともすぐに、告白してくれた女性とお付き合いをはじめました。

その頃からか、未練や執着があるにも関わらず、その気持ちはダメなものだと押し殺し、今の彼女に失礼だと、なんとか彼女を愛そうと自分の気持ちを変えようとし、未練に蓋をして偽っていたと思います。

1、2度、別れようとしましたが
1人になるのが怖かった為、すぐに戻りました。

その頃からメンタルを崩し、うつ病や、パニックに悩まされるようになりました。

その時は分かりませんでしたが
今では、その偽りの気持ちや、未練、執着がある事への罪悪感で、メンタルを崩したのだろうと思います。

その後、うつ病でも彼女は自分を見捨てずにいてくれたので、4年の交際を経て、結婚し、今では子供も1人います。

ですが、未だにうつ病、パニックは治らず

人前に立つときや、
奥さん、子供といるときに
自分は穢れた存在のように感じ、罪悪感に襲われ
自分を責めてしまいます。

・「自分は奥さんを愛していないのに酷いやつだ」
・「自分は最低な人間だ」
・「奥さんがかわいそうだ」

そのような感覚になります。
というより、そのような言葉で自分を責めています。
自分は酷い人間だと思います。
人前にいると罪悪感に襲われるので、人がたくさんいるところなどが怖いです。

問題の以前の彼女との復縁は現実的にありませんが
中途半端な気持ちのまま、次の恋愛に進んでしまった後悔や
今の奥さんを愛せていない気持ちと
それでも、まだ心にしこりとして残っている以前の彼女がいない現実を
受け入れられていない自分への責める気持ちの板挟みで
出口が見えず、苦しくなっています。

都合が良すぎるかもしれませんが
今の家族とは離れる事はしたくなく
以前の彼女への執着、依存を手放し、家族を愛せたらいいなと思っています。

根本さんがブログでおっしゃっている
愛と、罪悪感の関係に関連するのかもしれませんが
愛がない自分は最低な人間だと責める気持ちしかわいてこず
もちろん、自分に自信はありません。

この苦しみから抜け出すことは
出来るのでしょうか。

ご回答いただけますと有難いです。

もし、個人カウンセリングの場などもありましたら
教えて頂きたいです。

宜しくお願いします。

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がーすーさんはじめまして!

ふぁーこと申します。

ご相談いただきありがとうございます。

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まずはじめに

>この苦しみから抜け出すことは
出来るのでしょうか。

このご質問の結論から申し上げるとすると、わたしとしては、がーすーさんならこの苦しみから抜け出すことはできるとおもいます。

理由は3つあって、

1つはココロノマルシェに相談をしようと行動されたことです。

苦しみから抜け出すには、「この問題(悩み)をなんとかしたい」という主体的な意思がなければ動けないわけで、そして現状を変えようとするための勇気が必要だったりします。

がーすーさんはそれをどうにかしたいと思って主体的に行動できたのですから、もう半分くらい自分の足で問題を解決する道に踏み出していると考えられます。

2つ目は過去の自分、今の自分を客観的に見ることも分析することもできるということです。

がーすーさんの文章は時系列やその時の感情、また背景などがとても読みやすく、客観的に自分のことを捉えられているのだなぁと感じました。

客観的に捉えたものを「勉強」や「仕事」のように活かそうとか、考えようとするのが「頭」だとしたら、「心」というのはその時その時で起こったことをただただ感じる(もしくはいずれかの感情が出てくるだけ)なんですね。

そのような心で感じることや感情を受けいれることに慣れていないと、あたふたしたり、慣れていない分苦しみが倍増するように感じたりするものです。

でも客観的に見たり分析できるくらいですから、まだ「心」で感じることに慣れていらっしゃらなかったり、抵抗があるだけで、もしそれを肯定できたらすこしづつラクになるのではないかなとおもいます。

3つ目は

>以前の彼女への執着、依存を手放し、家族を愛せたらいいなと思っています。

ご自身で「~したい」「そっちの方向でいけたら」という方向性の目星をつけていらっしゃったところです。

わたしは現時点では、がーすーさんが罪滅ぼしの気持ちからご家族を愛そうと思っていらっしゃるにしろ、ほんとうに愛したいという気持ちからそう思っていらっしゃるにしろ、それは問題ではないとおもっています。

もしもがーすーさんが「家族には幸せでいてほしい」と願うならば、それはきっとご家族も同じではないかな、と思うからです。

がーすーさんがご家族に願うように、ご家族もどのくらいの割合かはわかりませんが、「がーすーさんに幸せでいてほしい」と願ってくれているのではないかとおもいます。

もしその願いにがーすーさんが気づけたのであれば、まずはご自身が幸せになることで、ご家族を安心させたり、喜ばせたり、新たなしあわせを築いていくこともできるのではないかな、とおもったんですね。

ですから、ご家族や誰かの気持ちを大切にしたいと考えることができるがーすーさんだからこそ、ご自身の気持ちや「心」というものと向き合うこともできる人なのではないかとおもいました。

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さて、今回はまず「自分の中の禁止をゆるめる」というところからお話したいとおもいます。

禁止というものは、なにかを禁止しようとする思いが強いほど、その禁止しようとしている事柄を強く意識してしまい、執着してしまうということが起こります。

例えば

「ダイエットをしなければいけない」

「甘いものを食べてはいけない」

(マイルール・基準発令)
「甘いものを食べない自分でいるために"甘いもの"という基準を意識し続ける必要がある」
例)「甘いものを食べちゃダメだ甘いものを食べちゃダメだ・・・」と禁止の基準が甘いものなのでその基準を忘れられない

「甘い物についてずっと考えてしまう」

というような流れができたりするんですね。

今回のがーすーさんの件で言うと、

「彼女のことは忘れなければいけない」

「彼女に未練がない(執着してしない)自分でいなければいけない」

「彼女に今未練がないか、執着していないか自分でジャッジするために"彼女"という存在(基準)を意識し続ける必要がある」

「彼女について意識し続けてしまう」

という状況ではないかとおもいます。

で、わたしはそもそも「それ、本当に忘れなきゃいけないの?」「それ、忘れようと思って忘れられるものなの?」と思ってしまうタチなので、

まずは、"忘れなければいけない"という考え方を手放しましょうか、というお話をさせていただこうとおもいます。

もし、今のがーすーさんのお気持ちが「彼女のことを前向きに忘れたい!消化したい!あれがあったおかげで今があるんだ!」とご自身を肯定した上での忘れる(手放す)選択ならば、がーすーさんはわたしがなにかアドバイスするまでもなくご自身の力で進んでいくことができる人だとおもいます。

でももしも「彼女を早く忘れなければ。執着をなくさなければいけない・・・」と思うようなときは、がーすーさんのご家族や誰かを思う優しい気持ちからくる焦りや罪悪感からであることも重々理解できるのですが、

「○○しなければいけない」という義務感や命令・禁止的意識であるがゆえに、手放すことを遠ざけてしまう可能性があるのではないかなとおもったんですね。

例えば仕事を例にすると、

「この作業やこの仕事時間は好きだ!ほかのだれでもない自分が担当したい!」と思う仕事というのは言うまでもなくはかどるでしょうし、気分も自分のやりたいことなのでやってていい気持ちがしますよね?

でも「うわ〜、めんどくさいなぁ。大変だなぁ。でもこれも仕事だからやらなきゃいけないなぁ」と思うような仕事というのは前者に比べて動きが鈍くなったり、向上心ややりがい、前向きな気持ちが出てき辛いですよね。

それは「○○しなければいけない」という義務感や命令・禁止的意識を自分が持つがゆえに、「本当はやらなくていいならやりたくないけど、やらなきゃいけない」と自分を無理やり縛りつけているようなものだからなんですね。

自分が「No」とか「やりたくない」とか、「やらない」「気分が乗るまでやらない」とか「誰かに任せる」とかいう選択肢を選ぶことができず、「自分でやらなきゃいけない」と自分自身に命令を科している状況です。

これはストレスが溜まるものですし、その感情をずっと我慢し続けると感情がマヒしてしまったり、病気として現れたりすることもあります。

だからそのバランスをうまくとることが難しいのですが、

思考(頭で考えたり意識すること)+感情(感じること)+行動

というこの3つが一致できたときに自分自身のバランスをうまくとれていると考えることができるんですね。

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がーすーさんの場合、ご相談文の中で「自分を責めて」というご自身を責めているという言葉が4回も登場しましたから、わたしからすれば相当がーすーさんはご自身の心を思考という刀でめった刺しにしている印象です。

そんなめった刺しで血だらけなのにもかかわらず、

>以前の彼女への執着、依存を手放し、家族を愛せたらいいなと思っています。

と行動しようとされていて、でも心には「まだ心にしこりとして残っている以前の彼女がいない」という気持ちがあるわけです。

どっからどう見ても足並みバラバラですよね?そんな血だらけの人が目の前に現れたら、まず血だらけのほうをなんとかしてから、次の行動に移ったほうがいいとおもいませんか?

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だから、まずは思考→「自分を責めて」を「そんな自分をも肯定して」に変えていきましょうかということになります。

そこで具体的には、先ほどお伝えした「忘れなければいけない」を手放しましょうというお話になるんですね。(長々と戻ってまいりました)

彼女のことを無理に忘れる必要はないのではないかとわたしは考えます。

もちろん、忘れられないからこその辛さ、苦しみ、悲しみ、むなしさなど、感じたくない感情がたくさんあることもわかります。

けれど、心というのは不思議なもので自分で感じてあげる分だけそのときの感情も浄化(手放すような)してあげることができるんですね。

ですからまずは自分が人生のこれだけ長い期間をかけても愛そうとした、大切におもってきた気持ちの部分を否定せずに認めて感じてあげるんです。

彼女に対して出てくる気持ちを紙に書き出すでもいいですし、こうしてカウンセラーや信頼できる人に話すというのも効果的です。

気持ちを感じる(頭で正しい・正しくないとかこうすべきとかを考えるのではなくただ出てくる気持ちをそうだったねと感じる)のは、男性はとくに普段感情を抑圧されている方が多いので苦手だという方も少なくありません。

また、最初はさみしさや苦しさ、怖さや罪悪感があると1人でやるのがよけい憂鬱になる可能性もあります。(書けない、筆が進まないなど)

そういった意味でこうしてココロノマルシェしかり、カウンセラーしかり、誰かを通じて自分の心を感じる練習をしていくのがいいかもしれませんね。

また、もう1つ「罪悪感」をテーマにお話させていただくと、

>・「自分は奥さんを愛していないのに酷いやつだ」
>・「自分は最低な人間だ」
>・「奥さんがかわいそうだ」

罪悪感や自己否定というのはこう思うことで先に自分をめった刺しにし、罪を負うかわりにこれ以上誰かに傷つけられないように自分を守るような作用もあるのですが(はい、私もお得意さまでした)、

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わたしからすればがーすーさんの文章の中には奥さんの気持ちが奥さん主体の言葉で書かれていないので、

「本当に奥さんはかわいそうな人なのか?奥さん自身がそう感じているのか?」

「奥さんはがーすーさんからの愛を感じていないのか?」

と、そこは奥さんしかわからないのではないかな、とおもいました。

もしも奥さんががーすーさんの「彼女への未練」を知ったら、がーすーさんに失望したり、ショックを受けて距離を置くなどといったこともあるかもしれませんが、

もしかしたらがーすーさんの気持ちを理解しようとしたり受けとめようとするような気持ちが出てくるかもしれません。

それは奥さんにしかわからないし、奥さんがどうするか、どう思うかは奥さん自身の自由です。

であれば、がーすーさんそこまで奥さんを思うのであれば、まずは奥さんを先に幸せにしようとするのではなく、やはり自身が幸せでいられること(自分らしく生きてること)を肯定したあとで、奥さんを幸せにできることを考えてみるほうがはるかに気持ちも行動もスムーズにクリアになるとおもいます。

そこで、今回のコツは、「自分に自由を許可する」ということです。

今までダメだったこともOKだったことも、あれもこれも、こうだろうとああだろうと、それでオッケーと許してあげることです。

今は無理に彼女のことを忘れなくてもオッケー。

今は彼女と奥さんを比較してしまう自分でもオッケー。

今は中途半端なまんまでもオッケー。

私は弱さを持つ自分でもオッケー。

私は不完全な自分でもオッケー。

私は今この自分でオッケー。

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このように、自分が「ダメ」とおもっている部分をオッケーと言い換えて唱えてあげるんですね。

それは、がーすーさんのように自分を罰して罰して、罪で羽交い締めにして、思考でビシバシと自分を牢屋に閉じこめているところに自由の扉を解放してあげるようなイメージです。

もちろん、これは最初はなかなか「でもこんなこと言ったって自分なんかが許されるわけない・・・」とか「オッケーなんてそんなこと思えない・・・」とか罪悪感の檻にまた閉じ込めるように仕向けてくるとおもいますが、

とにかく携帯のカレンダーに毎日この文言を入れて朝通知が来るようにしておいたり、ロック解除後の画面の待ち受けにしたり、ここにまた読みにきたり、目につくように自分で工夫するだけでも頭が無意識にその言葉を認識して思考を変化させることができます。

「ぜったいこうでなければいけないんだ!」とか「ぜったいこういう自分でなければいけない!」と思っていたけど、

少しづつ「こういう自分でもオッケーなのかもしれない」とか「こうでなければいけないと思っていたけどこっちの選択肢もオッケーなのかもしれない」と選択肢が広がれば、自分を縛っている苦しみをゆるめていってあげることができます。

というわけで、最後に堂々と告知になりますがもし直接お話されたいということでしたらこちらへどうぞ!

それから、またいつでもココロノマルシェのほうもご利用くださいね。

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それではきょうも、瓶詰にされた手紙が火星に届いたよ
うないい夢をみましょう~!


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こんばんは!

WhyWhyカウンセラーのふぁーこです!

きょうはココロノマルシェへのご相談にお答えしたいとおもいます!


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「学歴コンプレックスをぶつけてくる男性への対処」

Mさんからのお悩み

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こんにちは、いつも楽しく拝見させていただいています。

そんなに頻度は多くないものの、
1〜2年に1度、学歴コンプレックスをぶつけてきて
私のことを馬鹿にするような、挑発してくるような態度をとる男性に遭遇してしまいます。

印象に残っている出来事を挙げると、

・学生時代、就職活動の最終面接でその企業の社長さん
「君と同じ大学出身で、誰もが知る企業の部長をやっている人が取引先にいるんだけど、
小豆(あずき)をおまめって読むんだよ。いや〜びっくりだよね。
学歴はあるかもしれないけど、漢字も読めないような奴が部長をやっててさ・・・」
「エスカレーター式の学校でまあ、楽しく気楽にやってたんでしょ?」

→面接のはずが、延々こんな話をされて終わりました。
そうなんですか、うちの先輩がすみません、と適当にあいずちを打つことしかできませんでした。
みんな知るような大きな会社なら、なおさら学歴だけで部長になれることもないのでは。
社長さんが知らないだけで、お仕事を評価されて部長になっただけでは・・と思います。
あと、東大出てても恥ずかしいくらい漢字が読めない人もいる。特に理系。

・男性の心理カウンセラー
仕事のストレスが大きく、相談していたのですが、ある日、
「君ってさ、どこ大学出身?高学歴でしょ?
なんで高学歴の私がこんな仕事しなきゃいけないの?とか思ってない?
仕事って学歴は関係ないから。能力の勝負なんだよね。そこが欠けてるんじゃない?
僕の前の職場に慶応出身の女の子がいたんだけど、お客さんとかに慶応出身の人を見つけると
すぐに、慶応なんですか??とか言って盛り上がるんだけどさ、
説明とか資料作るのが下手でさ〜、仕事はできなかったよ」

→まさかカウンセラーにまで、こんなこと言われるとは思わずびっくりしました。通うのをやめました。
というか、同じ出身校の人がいたらそりゃあ単純に話題になるよ、
出身地が同じ、で盛り上がるのと同じようなものでは。

・婚活の男性アドバイザー
婚活に行き詰まってしまい、相談に伺ったのですが
「あー、はいはい、君みたいのいーっぱいいるよね。
高学歴で美人で、ちょっと遊ぶにはちょうどいいけどさ、結婚となるとねえ。
美人よりもブスのほうがいいよ。
お前なんかたいしてイイ女じゃないから、結婚できないよ。勘違いしないほうがいいよ」

→全体的におかしな方で、ひたすらお説教されました・・。
高学歴の女子が気に入らないようで、ブス専門の婚活アドバイザーでした。(ご本人談)

みなさん、学歴の話を持ち出したとたん、大きな声を出すし高圧的な態度で見下してくるし
執拗に学歴の話をしてきます。
怖かったし、びっくりして、何も言い返すこともできず、悔しかったです。

どの男性も高卒か、偏差値が高くはない大学のご出身のようで

高学歴だからっていい気になるなよ、
世の中学歴じゃねえんだよ!世の中甘く見るな!

と文句言いたいんだろうけど、
あんたたちが一番学歴気にしてるじゃん、って思います・・・。

私は高学歴で、大学を卒業して以来、ずっと正社員で働いています。
高卒とかでいろいろな職を経て、成り上がった感じの男性からすると
恵まれた環境でぬくぬくやってきた、みたいに見えるのかもしれないけど、
もともと勉強が得意でないから必死に受験勉強を頑張ったし、
就職氷河期だったので、就活もなかなか内定をもらえず本当に大変な思いをしました。
仕事もうまくいかず、辛い思いもたくさんしました。

面接はいまいちだけど、高学歴だから合格!
仕事はできないけど高学歴だから昇進!
とか、そういう風に見ているようですが、そんなことあり得ないわけで・・。
(そんな楽なことがあったらむしろ嬉しい。笑)
いくら学歴があっても、面接の印象が悪かったり、仕事で成果を出せなければ
認めてもらえない。

大して関係が深くない人達に、なんでここまで言われなきゃいけないんだろう、
私だって辛い思い、苦しい思いもたくさんしているのに。
何が気に障ったんだろう。
だけど、学歴なんて変えようがないじゃん。

すごく嫌な気持ちになるし、泣いたし、落ち込みました。

男性たちが言うほど、学歴で良い思いしてないし、
彼らは自分なりにお仕事で成功されているんだから、それでいいのでは?
わざわざ小娘捕まえて、なんであそこまで辛辣な嫌味を言うのだろう・・・と疑問です。

ちょこっと言われるくらいならスルーできるのですが、
時々、こういう人に遭遇して、しつこく説教されることがあって
正直、怖いです。どのケースも1対1で逃げられない感じでしたし・・・。
そんな時の対処法、気持ちの整理の仕方があれば教えて欲しいです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Mさんはじめまして!

ふぁーこと申します。

ご相談いただきありがとうございます。

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うわ~わかるなぁ~と思ってしまいました。

>すごく嫌な気持ちになるし、泣いたし、落ち込みました。

うんうん、すごくイヤな思いがしますよね。

わたしも同じようなことがあったときに笑顔であいづちを打って、家に帰ってから号泣したことがあるのでとてもわかります。

Mさんはよく耐えられたなぁとおもいますよ。

しかもこんな何回も1対1で言われて、ガッツリ逃げられないような状況で言われるのって相当きつかったでしょう。

どうしようもなかったでしょうに、よくこらえましたね。

そしてそれをここに吐き出してくれて、ありがとうございます。

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Mさんももうご存知だとおもいますが、高学歴コンプレックスがあったり承認欲求が強い(自信がない)方って人を蹴落としたり競争で勝とうとすることでしか自分を保てなかったりします。

>高学歴だからっていい気になるなよ、
世の中学歴じゃねえんだよ!世の中甘く見るな!

>と文句言いたいんだろうけど、
あんたたちが一番学歴気にしてるじゃん、って思います・・・。

おっしゃる通り、自分たちが一番気にしているから、その目標にたどりつけなかった自分を認められなくて(認められないと思っている)、許せなくて(許されないと思っている)、でもその感情をもろに自分で認めたり向き合うのが怖すぎて他人にぶつけているんですね。

つまり、自分の中にある「弱さ」を受けいれられない、認められない、許せないということです。

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わたしもホステスをしていたころ、逆に高学歴で立派なお勤め先に属していらっしゃる方たちがきて「中卒・高卒」や「ホステス(お水)」を小ばかにしたようなことを言っていたり、

「ふぁーこちゃんみたいな子は放っておいても大丈夫そうだけど、この子(ほかの子)は僕が守ってあげなきゃみたいな気がする」

とか言われたときに、「こいつ今日の今日出会ったくせに好き勝手言いやがってなに言うとるん」と怒りと悲しみがやってきました。

そのころは心理学とかちゃんと学んでいたわけじゃなかったですし、まだ若かったので

「こいつわたしのような女を支える(受けいれる)自信がないんだろうな・・・心の器だけじゃなくて金〇マも小さいんだろうな・・・」

と思っていました。まぁ、ナニが小さいかまでは言わないであげますけど笑

それくらい、男性のほうが社会的に認められることや必要とされることに価値を置いている人が多いっていうことだとも思うんですね。

ほら、よくどこかの政治家や学校役員や会社役員など地位のある方の不正や犯罪的性癖が露見したとき、そういう方こそ「自殺」したりするのを見かけたりしませんでしたか?

それって女性よりも男性のほうが圧倒的に数が多いんですね。

つまり、彼らの存在意義が社会的地位であり、学歴であり、収入など、数字や目に見えるものになっているということは多々あります。

社会的ステータス、社会的役割がすべて、というように男性は「結果主義」であり、結果やどれだけ多くの人の役に立てるか(上に立てるか)によって存在意義を見つけようとしたりするんですね。

一方女性は「プロセス主義」であり、競争など上下のつながりよりも共感や協力などの横のつながりを大切にしたりします。

だからそこで競争をしているつもりはないMさんと、つねに「勝たねば!」「役に立たなければ!」とおもっているプライドの高い男性とではこっちが競争をしているつもりも判断しているつもりがなくても、勝手に比べられて拗ねられたり嫉妬されるということが起こるんですね。

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そこで、まずもってご提案できることは、あるあるですけどMさん自身がMさんのことをもっと認めていこう、肯定していこうということですね。

ひいては、「女性性にもっと自信をもっちゃおう♪」ということなんです。

競争やプライド意識が高い人というのは、依存時代(頼ったり甘えないと生きられなかった時代)に傷ついた分だけ自立したとも言えるのですが、それはまた同じようなことで傷つきたくないから自立したわけで、同時に「依存心」も隠し持っているんですね。

でも、また依存心を見せると「お前そんなの男らしくない」とか「甘えてばっかで情けない」とか言われて傷つくかもしれないからその依存心を周りに見せられないわけです。

つまり、自分の弱さや依存心を認めて許せたら「不安」「怖い」「悔しい」「悲しい」など素直な気持ちを言葉にできるかもしれないのですが、それができないので、

>エスカレーター式の学校でまあ、楽しく気楽にやってたんでしょ?

>仕事って学歴は関係ないから。能力の勝負なんだよね。そこが欠けてるんじゃない?

>お前なんかたいしてイイ女じゃないから、結婚できないよ。勘違いしないほうがいいよ

みたいな悔しまぎれの捨てゼリフを言ってくるわけですね。

で、こういうのって傷ついた男性性っていうんですけど、男性性というのは思考や理論などを使うので、感情を置いてきぼりにしたり、抑圧したりするんです。

だから正しいか正しくないかで判断したり競争して勝とうとか思うわけなんですが、それって幸せ?という感情ベースで見たときに、おそらくそういう人って「孤独」「さみしさ」「不安」「恐れ」などを持っていて(抑圧してて)幸せではない可能性が高いんですよね。

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だって仕事も満足、家庭も満足、人間関係も順風満帆、収入も心配なし、自己肯定感高め、今がいちばん幸せという男性だったらきっとこんなこと言ってこないですよね?

つまり、自立しすぎていて(感情を抑圧したり弱さを出せなすぎて)、感情をベースとした依存心をも表せる女性性の豊かな人がうらやましくて仕方ないのです。

女性性とは、感情や直感、豊かさ、委ねる、受け入れるなどの部分を指すのですが、これがうらやましくてたまらない彼らがMさんにあれやこれや言ってきたということは・・・

そう、Mさんには女性性の魅力、強さがあるということなんですね。

でも、きっとそれをMさん自身が受けとりきれていなかったり、そんな自分を信頼して(自信を持って)いないかもと察知されると、彼らはそこの隙をついてくるわけです。

これは女性同士でもおきますよね。

すごーーーーく可愛い子で、美人で清楚でとてもモテる子なんだけど、その魅力や長所を受けとりきれて(認めきれて)おらず、「わたしなんて・・・ぜんぜんかわいくないから。モテないし」とか言ってたら女性からどう思われるかわかりますよね?

イヤミの一つや二つ、いや三つや四つ、ついでに五つくらいは言われちゃうと思いませんか?

だからこそ、イヤミや嫉妬でやんややんや言ってくる人には

「ちょっと何言ってるかわからない」

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と言えるくらい、自分に自信をもって女性性の元である感情表現や素直さ、委ねられる心を大切にしていけばいいとおもうんですね。

もちろん、高学歴の件もですよ。

「運とか人柄とか外見とかじゃなく、わたしが高学歴なのはそれ相応の努力をして苦労をのりこえたからです」

と堂々と胸を張っていればいいのです。

そういう自分に負い目を感じたり、彼らのイヤミに振り回されないくらい自信をもって自分の愛情に気づけると、逆に負けてあげることもできます。

子供が2,3歳のイヤイヤ期のときって、自分でなにかやったり勝負に勝ちたがったりするじゃないですか。

それに親が負けてあげたり、自分でなんとかしようとするのを見守ってあげたりしますよね。

それって、親が子供を愛しているからだし、自分の愛情に自信があるからでもあります。

それと同じで、それだけ自分の愛に目を向けて安心・やすらぎ・つながりなどを感じると、競争やイヤミのようなものにも傷つかなくなるし、相手の弱さを理解して受けいれてあげることもできるんですね。

そう、つまりMさんは、(今は嫌かもしれないけど)そう誰かから嫉妬や羨望を当てられるだけの器や愛情があると思われているということです。

そして、それはきっとほんとうにMさんが大きな愛情と器を持っているからだとおもいます。

だからこそ、その愛や器を大切に育てるために、イヤなことはイヤでいいし、許さないことは許さなくていい。

そういう「自分」という器を大切にしながら、これからもしあわせを感じられる女性性、感性、愛情を育んでいかれるといいんじゃないかなぁとおもいます。

つまり、最後はやっぱり好きなことやワクワクすること、ライフワークを生きていきましょう!ということでございまして。

これからも応援しています!

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こんばんは!

WhyWhyカウンセラーのふぁーこです!

きょうはココロノマルシェへのご相談にお答えしたいとおもいます!


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「趣味を楽しむことに罪悪感を感じます」

りんさんからのお悩み

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大学生になった娘がいます。現在コロナの影響でオンライン授業を受けており、慣れないレポート提出に四苦八苦しておりしょっちゅう大学なんか行かなければよかったと言い、そのたびに自分の育て方が悪かったのではと思ってしまいます。

また私は自分の趣味があり、それに取り組んでいる時に娘がレポート作成に悩んで相談した主人と喧嘩しているのを見ると、自分一人が楽しんでいてはいけないと思いますがやはりそちらに逃げてしまいます。(家族がそれについて何を言うわけでもありません)

また友人とオンラインで話したりしていても家族のことが気になり、早く終わらないかなとか、こんなことしなければよかったと感じています。

娘が大変なのに自分が楽しんでいてはいけない、と思うのですが時間があるとつい趣味に費やしてしまいます。

その反面、楽しんでいてはいけないと思い、どうしたらいいのかわからなくなっています。

わかっているのは自分が親失格だということです。

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りんさんこんにちは!

ふぁーこと申します。

ご相談いただきありがとうございます。

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わたしりんさんのご相談文を読んで、「いいじゃんいいじゃん!こんな趣味を持ってたり自分の時間を楽しんでくれるお母さんて最高!」とおもいましたよ。

でも、きっとりんさんは「罪悪感」があるからわたしが本当にそうおもいましたと言っても「いえ、でも・・・」「だけど・・・」と自分がいかに悪いやつであるかということを証明しようとするでしょうね。

それが罪悪感というやつですからね。

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りんさんはご自身で

>わかっているのは自分が親失格だということです。

とおっしゃってますが、親というものに「合格」も「失格」もありますか?

あるとするなら、それは自分の中の「合格」「失格」という理想やイメージじゃないですか?

それを持つことはたしかにすばらしいことかもしれません。

でも、本当に娘さんもそのりんさんが考える「合格」の母親でいてほしいとおもっているのでしょうか。

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りんさん、りんさん自身のご両親はりんさんのおもう「合格」「失格」どちらかの親でしたか?

もしも合格か失格か、どちらかに振り分けられるとおもうなら、きっとりんさんも自分がそうなるように、もしくはそうならないように自分の親というものを意識してきたのではないでしょうか。

意識したつもりはなくても、無意識に「親のように」とか「親のようにならないように」とか判断基準が親になっていたりすることもありますよね。

もしそうだとしたら、それくらいきっとりんさんはご両親のことを助けようと、愛そうとしてきたってことだとおもうんですね。

りんさんのご両親や育ったご家庭のことはお話をもう少し聞いてみないとわからないですが、

「楽しむことに罪悪感を感じる」ということは、きっと今にはじまったことじゃないんじゃないかなとおもうんですね。

たとえばですが、今までは楽しんでいて、きっかけもないのに急に楽しんではいけない!と思いはじめることって少ないですよね。

なにかしら、「うーん、なんかこの空気わたしだけ楽しんだら申し訳ないなぁ」とか、「こんなときに自分が笑っていたらダメだ」みたいに思うことがあって、それによって「私だけ楽しむのはいけない」というように自分が楽しむことを禁止したんじゃないかなぁとおもうんです。

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たとえば、お母さんお父さんの仲がよくなくて、そんな中でいつもお母さんがピリピリしている・・・、お父さんもあまり楽しそうじゃない、という家庭があるとするじゃないですか。

そんなときにいくら子供の自分ががんばって2人を笑顔にさせようと、楽しませようとしても、その場では笑顔が見れても根本的な解決にはならなかったりしますよね。

そしたら「自分じゃ力になれないんだ」「こんな大切な人を笑顔にさせられない自分が、自分だけ楽しむなんていけない」とうように大切な人たちが楽しんでいないときに自分が楽しむことに罪悪感を負うようになるとおもうんですね。

で、それがいつしか「自分だけ楽しむのはいけないこと」という概念(思いこみ)になって、ご自身の家庭でも同じように「自分だけ楽しんだらいけないぞ」と心から楽しむことを禁止したりしてしまうのではないかなぁとおもうんです。

そこで、1つりんさんにお伺いしたいことがあります。

りんさんは娘さんにどんなふうに生きて行ってほしいとおもっていますか?

もしよかったら下を読む前に考えてみてくださいね。

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きっと、多くの人は「しあわせになってほしい」とか「笑って楽しく生きてほしい」とか「健康でいてほしい」とかおもうんじゃないかなぁとおもうんですけど、どうですか?

もしね、りんさんがこれを娘さんに望むならば、それは娘さんもきっと同じ思いですよ、ということなんですね。

今は娘さんも大きいのでどう答えるかわからないですが、小さいころ子供が親に望むことは「お母さんが笑っていられますように」「お父さんが笑っていられますように」だとおもうんです。

りんさん自身も小さいころ、ご両親にそう思ったり願ったりしたことはありませんか?

両親がどんな仲であれ、どんな性格であれ、親には「笑っていてほしい」「笑顔のお母さんお父さんがいいな」と子供は小さいながらに思うとおもうんです。

それはりんさんが娘さんに願っていらっしゃるように、です。

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この「笑っていられますように」という願いが「愛」でないとしたらなんだというのでしょうか。

罪悪感が「自分だけ楽しんだら申し訳ない」という思いだとしたら、愛は「笑っていられますように」ではないでしょうか。

この「笑っていられますように」という思いを、もしもりんさんが自分のご両親や他の誰かにたいして叶えられなかったのだとしたら、それがどれだけつらく、罪悪感を感じることか、もうりんさんはわかりますよね。

だから、自分以外にそういう思いをさせないためにも、まずは自分に笑っていること、楽しむことを許してあげるんです。

だって、もしも「笑っていられますように」という願いが叶って大切な人がほんとうに楽しそうに笑っていてくれたら、りんさんはうれしいでしょう?

それを、まずは自分が誰かのために叶えてあげるんです。

りんさんが娘さんや誰かに「笑っていてほしい」「しあわせでいてほしい」と願うように、りんさんに対してもそう思ってくれている人がいるはずです。

その人たちに「あなたたちが楽しそうじゃないからわたしも楽しむのやめます・・・」「あなたたちが笑ってくれないから自分だけ幸せになるのはやめます・・・」と気をつかうのではなく、

「おかげさまでわたしはしあわせです」「毎日楽しませてもらってます。ありがとう」と笑顔でいたら、きっとその人たちも安心したり喜んでくれるとおもいませんか?

少なくとも、この世の不幸は一つ減るわけです。

ですから、まずは自分!その次に他人!という順序で、しあわせを与えてあげましょう。

あと、娘さんのことも、わたしはとってもステキな娘さんだとおもいますよ。

苦しいとかつらいって感情は、たしかに感じたくない感情なので、娘さんのような大切な存在がそう言ってると親である自分のせいだとか、自分も苦しくなってくるのはわかるんですけど、でもちょっと冷静に考えてみてくださいね。

娘さんがいま大学の課題やレポートで大変苦労している。

そして今後どうなるかはまだわからない。

でも、娘さんがもしこの苦労や苦しみを知ることなく就職したとして、その就職先で部下や同僚を持ったときに

「え?こんなこともできないの?こんなのチャチャっとやればできるでしょう!私に手間をとらせないで!」

なんていう上司になっていたらどうおもいます?

きっと部下からは弱音を吐いたり信頼できない上司だと思われるかもしれません。同僚からは煙たがられるかもしれません。

そう思えば、「苦しい」とか「つらい」とか「逃げたい」という思いを体験することは、人生においてとても大切なことなのではないかとおもうのです。

娘さんが「苦しい」「つらい」という経験をしたからこそ、もしかしたら娘さんは同じような思いをする人と出会ったときに

「それ大変だよね、わたしも苦労したからわかるよ。わたしのときはこうしたらちょっとはラクになったよ」

なんて言葉をかけてあげられるステキな女性になっているかもしれません。

だから、ここはお母さんとしてなにも手を貸さないのは苦しいかもしれませんが、娘さんは今しか経験できない貴重な時間を過ごしていると思って、頼ってくるまで見守ってあげてもいいのではないでしょうか。

またなにかあったらいつでもご相談くださいね。

応援しています。

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それではきょうも、麦わら帽子が自分のことを「わらわ」と呼んでいたよ
うないい夢をみましょう~!


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