WhyWhyなんでブログ

思わず笑っちゃう人生でありたい。笑える明日を、今日取り戻そう。

カテゴリ: ふぁーこのあれこれ



こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

〇〇〇〇〇〇〇〇

わたしは以前から「おいしい」ものを食べることが好きだと何回もブログに書いてきましたけど、

「おいしい」ものを食べることが好きだから、おいしいものを作ることも好きです。

当時彼の仕事で役立ちそうだったのでクックパッドでレシピを何個か書いたことがありまして。


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Cpicon ブリの炊き込みご飯 by ふぁーこ♪


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Cpicon 大根と玉ねぎのお味噌汁 by ふぁーこ♪

書いたのが何年も前なんで忘れがちなんですけど、

いまだに「彼の役に立てばいいなあ」くらいで書いたものに「作りましたー!」というつくれぽが届いたりするんですね。

正直、めちゃめちゃうれしいです!!!笑

自分では「味噌汁なんてただ野菜と水と味噌いれただけだからレシピと言えないのかもなぁ」なんて思っていたので、

正直こんなにたくさんつくれぽが届くとおもっていませんでした。

でもお母さんから教えてもらったコツや、おいしく作る秘訣などを聞いて自分で試行錯誤してるうちに、

たまに友人などから「これおいしいね」「どうやってつくるの?」と聞かれたりするようになって、

「そうかぁ。料理っていうのも親の愛だし、つくる人が違えばそれぞれかたちが違うんだよなぁ」とおもうようになりました。

子供のころって舌の細胞?神経?が敏感なのか、苦いものや辛い物、すっぱいものや噛んだ時の触感など、そういう味に今より過敏というか、苦手なものが多かったんですね。

でもわたしの母はそういう苦手な野菜や食材でも、こうやったらおいしく食べれるでしょう?と工夫してくれたり、外食したときにこういうものは「おいしいもの」で、こういうのはあまり新鮮でないし「おいしくない」という基準を教えてくれたり、コンビニ弁当でも「ちょい足ししたりアレンジするともっとおいしくなるよ」というコツを教えてくれました。

なにも「子供のためにつくる」ことだけが食育じゃないんだなとおもいます。

お母さんやお父さんが作らなくても、出前だろうとコンビニだろうと外食だろうと、

まずはいっしょに食べる「うれしさ」「たのしさ」、

これが好きでこれが嫌い、これがおいしくてこれがおいしくないねなどを話せる「親密感」、

栄養をとることの大切さや食べ物や命のありがたさを教える「教養」、

そして目でおいしい、鼻でおいしい、舌でおいしい、と感じる「感情の大切さ」、

そんなことを子供は勝手に感じとってくれているんじゃないかなぁとおもったんですね。

ですから、うちはまだ子供もいないしむしろ結婚もまだしていませんけども、

将来子供ができたときにはそんなことを頭にいれながら、食事や料理するときは気負いすぎず、とにもかくにも「おいしいものをおいしいと感じて食べる」ということを第一優先できるようになるといいなぁとおもっております。

せっかくなんでどっかの誰かの役に立つかもしれないならレシピを増やそうとも思ってるんですが、

「おなかすいたー」「早く食べたい!」という気持ちが湧くとついつい「早く早く!」と食べることしか考えられなくなってレシピのために写真とるの忘れたりしちゃうんですよね笑

ま、マイペースに増やしていこうかなぁなんておもっている今日このごろです。

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こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。


〇〇〇〇〇〇〇〇〇


突然ですが、参りました。

あのね、ほんと参っちゃうんですよ。

うん、参っちゃったなぁ。

涙を鼻からダラダラ流しながら今書いてるんですけどね・・・

いや~もう参っちゃったなぁ。

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実は先日、根本裕幸先生のカウンセラーお弟子第3期生の講座があって、

そのときの動画を今見てみたんですけどね・・・

いや~参りましたねぇ。

わたしはお弟子さん第3期の方とはほぼほぼお話したことがなく、講座もまだ拝見したことがなかったんですけど、

初めて今回の講座を見てみたところ、根本先生と3期生の方とのデモセッション(先生とお弟子さんが1対1でセッションをするのを見る時間)で最初から涙が止まらなくなりましてね。

なんか先生の回答部分より、相談者の方が話し始めたときのほうが心動かされまして。(あ、先生、なんかごめんね☆笑)

いや、もちろん先生のご回答やお話もタメになったし、すごーく深い学びを得たのはまちがいないので、思考で聞くと先生の回答はすごく勉強になって糧になったんですけど

たぶん今回は「勉強しよう」という意識ではなく無意識に心で聞いていたので、相談者の方の話し方や振る舞い、声のトーンや表情などを見ているとなぜか涙が出てきてしまって。

はー参りましたねぇ。

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どちらかというと最初の最初に相談者の方が話しはじめたときは、相談者ご自身も周りの方も相談内容や問題の核心をスルっと理解するのが難しいような状況だった、と第3者の目で見るとおもうのですが、

内容よりも相談者の方の話し方や表情を見ていたらスーッと涙が流れてきましてね。

なんか、見方によってはわたし自身も相談者の方のような痛みがあるからその痛みに共鳴して涙が出た、という見方もできるんですけど、

「悲しい」とか「さみしい」とか「くるしい」とか「怖い」とかぜんぜんマイナスな気持ちは感じなかったんですよ、その相談者の方のお話を聞いていて。

ただ、その相談者の方はそう思ったんだな、そういう状況なんだな、という感じ。

だけど、わたしの心には妖精がいましてね。

この妖精がぜんぜん言うことを聞かないヤンチャな子なんですけど、

その妖精が泣くんですよ。その相談者の方を見て。相談者の話を聞いて。

「うんうん」って言いながら、「それで?」って聞きながら泣くんですよ。

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わたしはずっと、その妖精が泣くのが苦手でした。

だってね、なにかにつけて泣いちゃうんです。

たとえば学校や会社で誰かが「こう頑張ってこうなりました」みたいなスピーチや発表をしたとしたらそれだけで泣いちゃう。

あと誰かがうんと嬉しそうな顔をしたときとか、希望が叶ったときとか、

人が人のために汗をながしているときとか、涙を流しているときとか、

キラキラ光っている星を見たり、スポーツを見たり、小田和正さんの曲が流れるCMを見ただけでも、泣いちゃうんです。

自分が「傷ついた」とか、「がんばった」「うれしい」とかじゃなくても、誰かががんばったり泣いてたらその姿をみてすぐに、ほんとうに秒で涙が出てきてしまうんですよね。

でもね、小さいころからあまりにその涙を流すことが多すぎて、表の自分は人前で涙を見せることが「恥ずかしい」と思うようになって、妖精が泣かないように思考(頭)を使って抑え込もうとしてきたんです。

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泣くっていうのは、今は良いことだなぁとか、それはそれで心が活性化しているからだなぁとか思えますけど、

わたしは泣くと目や目の周りが赤くなりやすく、声も泣き声になるし、まぶたがすごく腫れる体質なのでまずもってそういう姿を人前で見せることに抵抗があるんですね。

あと小さいころはわたしが泣き叫ぶと親は困った顔をしたり泣き止ませようとしたり、怒ったり放置したり(こっちの言い分を通さないという意味)、「恥ずかしい」と言ったり、甘えさせてくれたり、いろいろな手を使ってすぐに泣かないようになる教育をしてきてくれましたけど、

実は母もすごく感受性が強い人で、父との不仲やお金のことや生活のことで泣いたりすることはあっても人前では泣かないように気丈にふるまう人だったので、それによってわたしも「人前で泣くことは恥ずかしい」と思うようになったのかもしれません。

だけど、わたしの心の妖精はぜんぜん大人になっても変わらなかったんですよね。

わたしは思考の使い方を覚えて、なんとか人前で泣かないように持ちこたえることは覚えたんです。

太ももをつねるとか、相手の変顔をイメージするとか、ぜんぜんちがうことを考えるとか、感情をシャットダウンして頭で話を理解しようとするとか。

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でも、気をぬくと妖精がまた存在をアピールしてきて泣いちゃうんです。

というか、自分の意思とは裏腹にダムが崩壊するというか・・・

そういうときって不思議と、あんまり「マイナス」な気持ちで泣いてるわけでも、「プラス」な気持ちで泣いてるわけでもないんですよね。フラットな気持ち、ただただそこになにかが「ある」というだけで。

ほんとうに不思議なんですけど、ただダムが放流されたというか、踏切が開いたというか、山から太陽が昇ったというか、自分の力や意思でそうしようと思ってしたわけでないんだけど、そうなってた、みたいな感じなんですね。

前にこんなこともありました。

あるカウンセラー育成講座の無料説明会に行ったとき、最初はカウンセリングについてや、カウンセラーという職業について、あとはどのように育成していくかという説明が続きました。

後半で講師の方があるクライアントさんをカウンセリングした際のストーリーをお話されてたんですけど、それを聞いてまた心の妖精がアピールしそうだったのでわたしは妖精に意識を向けないようにしていたんです。

だけどほかに参加されていた2人のうち1人の方がわたしの斜め前の席に座られていて、その人がふと鼻をすすった音がしたので目を向けてみたらハンカチで目を押さえながら泣かれていらっしゃったんですね。

その姿を見たとたん、わたしもなぜか不思議と涙が出てきて止まらなくなってしまっていたんです。

あいにくその日はハンカチを忘れてポケットティッシュも一枚しかないというのに、わたしは目と鼻がよく通って鼻から涙が流れるタイプなので、鼻水をたれ流しながらメイクもボロボロでずっと下を向いていたのを覚えています。

終わったあとすぐトイレに行ったんですけど、自分でも「え?なんでこんな泣いてんの?」状態でした。

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たぶんね、きっとそれは「感受性が強いから」と言ってしまえばそこまでの話なのかもしれないですけど、その感受性の強さをずっと否定しようとしていた自分がいることにも気づいたんですよね、今回。

妖精を抑え込もうとしてきたってさっき言いましたけど、ずっと誰かの話を聞いて泣く自分を「弱い」とか「恥ずかしい」とか「自分が泣いてどうする」とか「相談者の気持ちを本当の意味で理解している涙じゃないかもしれないのに(その本人になったわけじゃないのに)」とか思っていたところがあったんだとおもいます。

また、これはうっすらしか記憶にないんですけど、小学生のころ仲間外れとかにされてリーダーの子に許してもらおうと謝りに行ったとき「泣けば許されるとおもってんでしょ?」と言われて、

ぜんぜんそんな考えはなかったですけど、自分が泣いてることで相手にそう思わせてしまうこともあるんだなと思ったこともあり、よけい人前で泣くことはやめようとおもったのかもしれません。

けれど、そうやって泣いたり外界を感じとれる妖精を抑え込むことは、妖精のことを否定するということでもあるんですよね。

だから、もう今回参っちゃったんですよ。

それに気がつかないでいられたら、ずっと人前でも外でも妖精を抑え込むことをし続けていけば、今のままの安心は続いたのかもしれません。

でもそれは「心の妖精という存在を見ないように」したときの安心であって、ほんとうの心からの安心じゃないのかもしれない、とおもったんですね。

妖精を抑えこみ続けたら、妖精はどうなってしまうんでしょうか。

妖精が感じていることは、涙を流してくれることは、そんなに悪いことなのか?

妖精を抑えこんだほうが、ほんとうにしあわせなのか?

逆に妖精によって守られていることも、妖精によって感じ取れていることもあるはずなのに、それをも無視して妖精を抑えこんだら妖精かわいそうすぎない?と。

だからね、もうね、これからは「照英さん」みたいに妖精にも素直にいさせてあげたいな、とおもうんですよね。

人に対して感動したり、心を動かされたり、感じ取れることがあるから人間らしくいられるんだと、妖精には堂々と泣いたり笑ったりはしゃいでもらいたい。

それに、妖精はヤンチャだからもともと私の言うことあんまり聞いてくれないしね笑

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そのヤンチャなままの妖精でいいじゃん、と。

自由に表現したり外に出たり、相手に伝えようとする妖精も、それでいいじゃない、と。

なんか勝手にお弟子さんと先生のデモセッションを見ててそんなことを感じたんですね。

だからもしも、あなたの中にも「泣くことが恥ずかしい」とか「弱い部分だから出したくない」とか「相手を困らせるから泣きたくない」とかいう人がいたら、それは勘違いなんだよ、ってことをお伝えしたいとおもいます。

それはね、あなたの心の妖精が、あなたのために泣いてくれているんです。

あなたの心には、とてもやさしい妖精がいるんです。

あなたを守るために、そして生きていくためにさまざまな情報や感覚をキャッチできるような妖精がいて、あなたがいっぱいしあわせを感じられるように、涙をつくりだしてくれてるんです。

涙を流すことで目が綺麗になるように、心の浄化をして世界をクリアに見れるようにしてくれているんです。

妖精は、いっつもあなたの味方なんですよ。

だからね、感じとる自分、感じとりやすい自分を、妖精を、どうか抑え込まないでください。

あなたの妖精は、いつでもキラキラ、ピカピカ、きれいなココロを守ってくれています。

大丈夫、あなたはもうなにも恥ずかしくないし、変じゃないし、弱くないし、1人じゃありません。

ずっとずっと、くるしかったのも、もうここまでです。

あなたの心は、とても綺麗です。

あなたの心は、とても強いです。

あなたの心は、とってもあたたかいのです。

自信をもって、妖精を羽ばたかせてあげてくださいね。

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こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

今日のはなしは「ジョーカー」という映画のネタバレを多く含みます。

まだ観ていない方は、その点ご留意いただきましてお読みください。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇


ジョーカーという映画を観ました。

ジョーカー(字幕版)
ザジー・ビーツ
2019-12-06



ジョーカーという映画はホラーだと思っていたのですが、どうやら見終わったあとにホラーではないみたいだぞ・・・と。

いや、ホラーじゃないというか、グロいシーンや残酷なシーンはあるにせよ、日本で制作されるような「貞子」とか「呪怨」みたいなホラーではないのはたしかなんですね。

しいて言うならば、人間の闇の部分と、光の部分をごっちゃまぜにしたような話・・・?

いや、光の部分を闇にせざるを得なかった話・・・?

でも、光を自分でつくりだした話・・・かなぁ。

もう、はっきり言って感想をコレだ!って一概に言えるような話ではないんですよね。

だから見終わった感想を一言でいうと、

「え?ぜんぜん意味わかんなかったんだけど・・・!?」

です。

ほんとに、いまだにハッキリと明確な意味や自分の中で糧になるような納得の仕方ができていないというか・・・。

永遠にわからない気もするし、だからこそわかりたいと思うのかもしれないし、ずっと考えてしまうんですよね。

わたしのブログは「WhyWhyなんでブログ」って言うんですけど、これもわたしの性質というか、

なんでも「なんで?」「どうして?」と知ったり理解したいと思うことばかりだから、

心や人間という正解のない世界を知っていきたくてWhyWhyなんでという名前にしたんですね。

そういうわけで、ジョーカーも理解や解釈はいまだにできていないけど、だからこそどういうことなんだろうと考えてしまう映画だったわけです。

たしかにおもしろくない(興味深くない)というわけではないんです。

主人公を演じる俳優さんの演技も最高にうまいし(ほんとうに演じていると思えないレベル)、

ストーリーも展開も次が気になってしまって集中して見ちゃうし、

ハラハラドキドキさせられるし、

映画としての完成度はかなり高いんだろうなぁ・・・とおもいます。

でも「おもしろかった!」とか「すごいよかった!」とかそういう一言で片づけられないような気持ちになりました。

彼と見たので彼とも見終わったあとにどうだったか話したのですが、彼は「すごくよかった」と・・・。

「えぇ!?なんで?どういうことだったのか意味わかった!?」

と聞くと

「意味はわからないところもあったけど、意味とかじゃなくて、気持ち的によかったと思ったんだよ」と。

それを聞いてもっと意味がわからなくなりました。

そこでネットでも検索してみたわけです。

そうすると出てくる出てくる、「意味が分からない部分をこういう解釈で捉えてみた」とか「こういうことだと理解した」というたくさんの人たちの意見や考えが見つかりました。

しかし、どれをとっても「うーん・・・じゃあなんのためにこれを監督はつくったんだろう?」とおもってしまったり、「そこの解釈はできたけど、そんなトリックがわかってもどうして彼がああなってしまったのかわからないし・・・」とまた迷ってしまいました。

そんなわたしに、彼が町山智浩さんという方の解釈を載せているサイトを教えてくれました。

「町山智浩『ジョーカー』を語る」

これを読んで、「あぁ、たしかにそうかもな」とおもったんですね。

>(町山智浩)(ジョーカーが)いちばん怖い。ジョーカーっていうのは究極のテロリストなんですね。で、ジョーカーはジョークを言う人で、「それは全部ジョークなんだよ」って言うんですよ。「そんなこと、なんのためにやっているんだ!」って言うと、「ジョークさ」って言うんですよ。

なるほどー、とおもいました。

ジョーカーというのは道化師の恰好をしている、いわゆるピエロですが、ピエロというのはみんなを笑わせたり、楽しませたりする人ですよね。

ジョーカーも、もともとは「人を笑わせたい」「コメディアンになりたい」とおもっていたわけです。

そして純粋にそれを追いかけているやさしい青年だった。

しかし、現実世界では皮肉やブラックジョークなどのほうが笑いになる傾向にあり、「やさしい」だけでは人々は笑ってくれない。

そしてやさしさや善意こそ、標的にされることがあるんですね。

>(町山智浩)そう。彼には毒がないんですよ。優しい男だから。で、彼自身はピエロをやって子供たちを楽しませているんですよ。で、それはうまくいっている。優しい男だから。で、家に帰ると貧乏なんだけども、病気のお母さんを1人で面倒を見ている。そういう、いいやつなんですよ。ところが、いいやつだから周りにどんどんどんどんいじめられて、どんどん追い込まれていくんですよ。

ほんとうにやさしいからこそ、まん丸すぎてトゲ一つないから、簡単にねらわれて標的にされてしまう。

そして持病をかかえていたり、母の介護や、仕事を精一杯やっていても政治は金持ち優遇の政治に傾いていって貧困層はどんどん制限されるようになります。

孤独だわ、金はないわ、自由はないわ、で同情せざるを得ない状況であるわけです。

まるで今の現代社会そのもののように。

そうしていくとどんどん心のすきまがなくなり、いつ人格変化を起こしてもおかしくないくらい、ストレスや吐き出せない(当たりどころのない)気持ちが膨らんでいくわけですね。

>(町山智浩)で、とにかく悲惨なんですね。このホアキン扮するジョーカーの半生というのは。で、その中でもみんなを笑わせようと思っていたんですけども、突然もう限界に達して彼はキレルンですよ。「これは限界だ!」っていうところで。それで、ジョーカーとして生まれ変わるんですよ。もう全てをお笑いのめす。その時に彼が言うセリフというのが「俺は俺の人生をずっと悲劇だと思っていたよ。でもいま、気がついたんだ。これは傍から見れば喜劇なんだよな」って言うんですね。

名言すぎるくらい、その意味がよくわかります。

>(町山智浩)切ない言葉なんだけども、このセリフはあの喜劇王チャップリンの言葉が元になっているんですよ。チャップリンは昔、言ったんですよ。同じことでも、クローズアップでその人の顔を撮ると、それは悲劇になるんだって。たとえば、バナナの皮で滑って転ぶというのは、その本人の顔を撮影すると痛そうで泣いてて惨めで……それは、悲劇でしょう? 自分でも失敗すると本当に悲しいじゃないですか。本当に泣きたくなる時があるじゃないですか。でも、それを遠くから撮影するとお笑いなんですよ。その人の心はわからないから。「ああ、滑って転んでやがる。バカでー!」ってなる。チャップリンは「同じ人生をクローズアップで撮れば……近くでその人の心がわかるように撮れば悲劇だし、遠くから笑いものすれば喜劇なんだ」って言ったんですよ。

これはすごい名言ですね。

たしかにその通りで、もしもわたしたちが金持ち優遇政治や、戦争などの国際政治に意を唱えるとしたら、それは自分自身や、周りの大切な人たちの「悲劇」を知っているから、もしくはいっしょに感じているからではないでしょうか。

クローズアップしてその人の顔、心を見れているからこそ、「悲劇」を減らそうと考えられるのではないかとおもいます。

でも、もしも政治家や国のトップなど、高級官僚になったとして、その「悲劇」を遠くからながめる側に回ってしまったとき、わたしたちはその人たちの「悲劇」をほんとうの意味で理解できていると言えるでしょうか。

その悲劇を感じている人たちのお金で、時間で、立場でなにもかも自分の都合のいいように使えるとしたら、その人たちの「悲劇」を「喜劇」のように扱うことなどたやすいことなのかもしれません。

そこにはどこぞの貴族のように、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と言ってしまえる怖さがあるのです。

映画の中で、ロバートデニーロ演じるテレビ番組の司会者が出てくるのですが、その司会者やテレビ番組(トークショー)にジョーカーは憧れていて、いつか自分も出演したい、コメディアンとして認めてもらい、たくさんの人を笑わせたいとおもっていました。

前半で出てくる彼の妄想上(と思われる)シーンでは、ジョーカーはそのテレビ番組の観覧にいて、席から発したちょっとした一言をその司会者に気づかれて、かんたんな自分の身の上話(母の介護)や自己紹介をして舞台の上に呼ばれ、司会者に認めてもらい、ハグをするという場面があります。

つまり、きっとジョーカーの中ではその司会者やテレビ番組が憧れであり、司会者なら自分の「悲劇」を理解してくれる、心をクローズアップで見てくれる人だと思っていたと捉えることができます。

もしくは、誰にも知られていない、誰にも見られていない、誰にも理解されていない孤独なジョーカーの、唯一の光であったのが、ロバートデニーロ演じる司会者だったのかもしれません。

しかし後半でそのテレビ番組に呼ばれたジョーカーは、「地下鉄で3人殺したのは自分だ」という告白の意図をその司会者に聞かれ、

「僕にはもう失うものはない。傷つける者もいない。僕の人生はまさに喜劇だ。僕が歩道で死んでも踏みつけるだろ。誰もぼくに気づかない。マレー、外の世界を見たことがあるか?誰もが大声で罵り合ってる。礼儀もなにもない!誰も他人のことを気にかけない。ウェインみたいなやつらがぼくの気持ちを考えるか?他人の気持ちなど考えない。こう思うだけさ、“黙っていい子にしてろ”“狼にはなれない”。」

と言うジョーカーに司会者は「終わったか?自分を憐れんで殺人の言い訳を並べてるだけだ。みんなが最低ってわけじゃない。」と言い返します。ジョーカーは

「あんたは最低だ。僕の映像を流してこの番組に呼んだ。笑いものにするために。やつらと同じだ。心を病んだ孤独な男を欺くとどうなるか・・・。社会に見捨てられ、ゴミみたいに扱われた男だ!報いを受けろクソ野郎!」

と言ってその司会者を銃で撃ち殺します。

ジョーカーは映画の中で何人かを殺害しますが、一番憎いように、感情が高ぶっていたように見えたのはこの司会者を銃殺するときです。

唯一の自分の楽しみでもあり、光でもあった存在が自分を笑いものにした。利用するだけ利用して心や存在を見てはくれなかった。だから殺すということが、ジョーカーの中では喜劇に思えたのかもしれません。

そして撃ってもなおジョーカーはひょうひょうとテレビカメラに近づいて何かを言おうとするシーンで放送休止画面に切り替わるのですが、彼の立ち振る舞いから、その司会者を殺すことさえも「劇」や「ショー」のようなものであったのかもしれないなとおもいました。

司会者を撃つ前、ジョーカーはこんなことも言っています。

「喜劇なんて主観さ。この社会だってそうだ。善悪を主観で決めてる。同じさ。自分で決めればいい。笑えるか、笑えないか。」

たしかに、笑いというものは主観であり、なにかを見たときに笑えるか笑えないかは人それぞれの見方や感じ方によって変わります。

だからこそジョーカーは「悲劇」さえも誰かの心では笑いが起きることがわかり、表立って「喜劇」と表現することがすべてじゃないとおもったのかもしれません。

そして、「悲劇」も見方によっては「笑い」になるのであれば、「この世はすべてジョーク」とずっと笑っていられるとおもったのかもしれません。

こうしてジョーカーに感情移入してしまうと、「なにが良くて」「なにが悪いのか」というのはその人の主観によって、状況によって変わるでしょうし、一概に「これが悪だ!」というものは存在しないのだろうなという気持ちになっていきます。

人を殺すということもさまざまな国が法律で定めている禁止事項ではありますが、その法律をつくり、国民に遵守させる立場の国のトップが戦争や拘束を他人に指示し、見知らぬ人たちを殺したりしている現状を見ていると、はたして今回のジョーカーのような行為を否定できるのだろうか?と疑問におもいます。

また、皮肉なことにも、そのトップの人を決めたのが国民であるということも(多数決ではあれど)笑うしかないというか、どこにやればいいのかわからない気持ちになっていきます。

そうおもうと、今わたしたちのすぐ足元まで、そんなジョーカーのようにパーンと生まれ変わってしまうような、苦しみややり場のない気持ちが押しよせているのかもしれません。

でもそれをも、「この世はすべてジョークみたいなものだ」と笑ってしまえれば、もうそれ以上怖いものはないのかもしれないとおもいます。

みんな失いたくないものがあるから(命や大切な人や好きなことや財産など)、それを死守するための防衛としてなにかを攻撃するということはありますが、

ジョーカーのように失うものはすべてない=自分の命を失うことも恐れていない状況になったとき、わたしたちは無敵の存在になるのだろうとおもいます。

最後に、映画のラストシーンでかかる曲がジョーカーの心髄の部分ではないかと思うので、その言葉をお伝えして締めたいとおもいます。

「That's Life」 (フランク・シナトラ)

That's Life
これが人生

and as funny as it may seem
冗談みたいだけど

Some people get their kicks, stompin' on a dream
夢を踏みつけて小躍りする人もいる

But I don't let it, let it get me down
だけど くじけたりしない

Cause this fine old world…
この古き良き世界は…


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こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇


あ~やってしまった・・・かもしれない・・・!

昨日彼が湯舟をためてくれたのですが、それに入ってあったか~いと言ったあとで

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彼が肩や首をマッサージまでしてくれまして、

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すごーくありがたいと思っていたら急に気持ち悪くなってしまって、

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真っ裸で横になるという・・・

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まぁ、一言でいえばのぼせてしまったのですけれども。

それが原因かどうかはわからないけど今日起きた時からノドがイガイガするー・・・!

わたしは風邪をひくときに必ずノドに症状が出るんです。

しかも一回ノドが痛くなると症状がかなり長引くタイプ。

うーん。ノドが痛いのはともかく、鼻がつまったり料理の味がわかりにくくなったりするのがイヤなんだよな~。

美味しいもの、食べたいものを食べることだけが一日のわたしの楽しみでもあるので、その楽しみができなくなることだけは避けたい・・・!

というわけで、生ハチミツを舐めることにしました。

グルジアにはスヴァネティ地方という標高2,400~5,000m超の高所に広大な自然や歴史的建造物がある村があり、そこではオリジナルのハチミツや塩などがとれるので街のほうにも出荷してくれてるのですが、

そこのハチミツが、加温処理をしない非加熱の生ハチミツなんです。

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ハチミツというのは加温処理をすると中にある成分やら効能がなくなってしまうらしいのですが、生ハチミツでは蜂がつくったものをそのままいただけるので万能的な効能があると言われています。

風邪だけでなく、咳、口内炎、ニキビ、花粉症、貧血、不眠、整腸、疲労、免疫力など、とにかく全般的に効き目があるのです。(最近はダイエットにもいいなんて声もあります!)

彼も咳喘息などを持っていて、一度咳が出はじめるとぜんそくみたいに息が苦しくなるくらい咳が出てしまう人なんですが、以前咳が止まらないくらい風邪をひいてしまったときにグルジアの生ハチミツを舐めたらいつもよりぐんと早く咳がよくなりました。

ステマではないですが、みなさんも体調が悪いときは生ハチミツを一日1スプーンでも舐めると変化があるかもしれないですよ!

というわけで、わたしもこの生ハチミツにはハチミツさまさまで頼らせていただこうとおもっております。

どうか、早く良くなりますように・・・!!!

と、自分にお祈りしたというおはなし。


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こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

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〇〇〇〇〇〇〇〇〇

個人的な話ですが、

「ふぁーことふぁーこのおかあさんのはなし①」

「共依存だったお母さんと離れて自分として生きる」

などでも書いた通り数年前にわたしの母はアルコール依存症やらうつ病やらで休職することになり、それをサポートしていたわたしが母と共依存の関係になっていたのでわたしから連絡などを絶つことを伝えてしばらく連絡をとらずにいます。

グルジアに来ることも直接伝えようかとおもいましたが、そのころはまだ母とどっぷり癒着していて、どうしてもわたしが母の言葉に敏感に反応してしまうので言わずに来ました。

それからは姉を通して母のことを聞いたり、わたしがグルジアに移住しに来たことも姉が母に伝えたりしてくれたそうです。

姉は海外や各地で仕事をしたり転々と移動していて母のサポートをあまりできなかったのですが、なんとなくわたしが母と距離をとってから姉が実家に帰って母を気にかけてくれる機会が増えました。

今から数か月前に姉から「おかんがこけて足骨折したかも。めっちゃ腫れてて痛がってるから病院行こうって言ってるのに病院には行かないって言って聞かない。もう放っておこうとおもう」という内容で連絡がきました。

わたしは直接すぐに行けるわけでもないので、姉に状況を聞きながら、姉の判断に任せることを伝えました。

結局その後救急車を呼んだみたいで、病院で見てもらうと母の足は手術が必要な状況で、入院することになりました。

そして無事手術は成功し、通院生活を送っていたようですが、骨をくっつけようとしている時期にあんまり歩くと負担がかかってよくないと言われていたけど母は歩いてしまったようで、それによりまた難しい手術をしたとのことで現在も入院中です。

わたしは姉から一番最初に母が入院と手術をしないといけないと聞いたときにすごく苦しい気持ちと罪悪感が出てきたのですが、結局日本には帰らないという選択をしました。

母は「超自立」で誰にも頼らない・甘えない・委ねないのを通りこして私たちに手助けさせてくれない・力にならせてくれないような状況なので、姉からは「母をなんとかしてあげたいけど(一向によくなるようには感じられなくて)一緒にいるのがつらい」というようなメッセージが届いてもいました。

その気持ちがすごくわかるので、わたしも「そうだよね」と聞きつつ、わたしはなにかしてあげられることないかなと考えていました。

ほんとうは、動ける体があるんだからわたしが日本に帰って母の介護をしたりサポートしてあげるのが、一番他人には頼らない母としても心強いだろうし姉も助かるんだろうな、とおもっています。

でも、母が胃がん・胆のうがん手術をしたときや、交通事故で手術・入院したとき、職場再復帰したとき、いじめをうけたとき、うつ病になったとき、休職したとき、急性膵炎で入院したとき、アルコール依存がわかったとき、ぜんぶその時その時でわたしができることをして、それでも母の罪悪感や健康を良くすることができなかった。

・・・とわたしは無力感や罪悪感があり、もう自分だけがサポートしようとしても、本人の前向きに生きる気持ちがなければ意味がないんだ、ということもわかりました。

もしかしたら「わたしがこれだけやったんだからお母さん元気になってよね」と母を元気にしようとコントロールすることで自分の罪悪感や無力感を感じないようにしたかったのかもしれません。

そして姉からは「おかんのいまの現状。再手術のとき骨折したところの使えなくなった部分を捨てて使えるところだけで接合するようにしてるから、もし万が一またポキッといったら終わり。手術で骨折したほうの足だけ数センチ短くなってるし、装具なしでは一生歩けない。彼女が普通に歩ける日はもう来ません。今度–無理したら足切断です。とりあえず現状報告。」ということと、

「もうおかんはボロボロだよ。わたしがいまここにいれなくなったらおかんすぐ死ぬかも。わたしたち姉妹がお金を出し合って母にヘルパーさんを雇う?それなら遠隔でいいじゃん」と言われたのですが、そうしてあげたい気持ちもあるけどその内容には同意できませんでした。

姉がしんどいのはすごくわかるし、無理に母のそばでサポートしてくれとも思いません。

だからヘルパーを雇おうと思うならそれは姉の気持ちを尊重したいのですが、実質わたしの生活もさほど余裕がなく、母にヘルパーさんをつけると決めたらそれなりの覚悟を決めてある程度の期間継続できるように資金援助できるような安定した収入が必要だとおもいます。

今わたしは安定ではないけど好きな仕事をさせてもらっていて、それがわたしの生きる希望でもあります。

もう体にムチを打って帰国して就職し、決められたルールの中で安定収入が見込める仕事に就くというようなことはしたくありません。

だからもう昔のように「こう生きていきたい」と思う自分を差し置いて「母のために」「母のためなら」と100%の自分を懸けて母に向かうのは、できないとおもいます。

でも、もしも母が「わたしはこうやって生きていく。これからこんな人生を送っていきたい」というような前向きだったり自分の人生にもう一度希望を見出したのなら、そのための援助やその時できる限りのことはしたいと考えています。

ほんとうは「生きていたくない」「生きていることが絶望」「なにも意味がない」と思うような、そんな弱さを持つ母をも受け入れて理解して、「今はそれでいいじゃん。うちらがいるから大丈夫だよ」と生活やお金の心配もさせないで安心させてあげられるような大きな愛の人でいたい、ともおもいます。

周りのわたしたちができることはお金の支援やリハビリや通院や生活のサポート、コミュニケーションをとるくらいなのかもしれませんが、その援助を受ける母が「もうこんな人生おわりだ」「生きていてもなにも楽しいことがない」という気持ちでいるとしても、そのような弱さをも受けいれて支えられるような大きな人でありたい。

でも、今のわたしには母に対してそんな大きな愛でいることができません。

だから、やはりここでも援助するかどうかは私次第だし、元気になるかどうかは母次第、「私は私で、母は母」ということなのだろうとおもいました。



わたしには「笑顔でいてほしい」「元気でいてほしい」という気持ちがあるからこそ、元気でない(元気になれない)母のそばにいるとすごく罪悪感を感じます。

「今起きていることはすべてわたしのせいではないし、母のせいでもない。誰のせいでもない」と繰り返し唱えていても、やはり生きる希望を失い、罪悪感満載で次々と体を壊す母を間近で見ると心が苦しくなっていきます。

母に「そんなことないよ!母のおかげでわたしはこの世に生まれてこれて、この世にはたくさん楽しいことがあってたくさん幸せを感じることがあるんだよ!」とどうにか伝えようとしたけど、伝えきれなかった結果が今の状況なのかもしれません。

姉は今、当時母をサポートをしていたわたしと入れ替わるようにして母のそばにいますが、

だからこそ間近で母の弱っていく姿を見ると「死」への恐怖や「老い」への不安、「未知」という将来への怖れ、自分の無力感や罪悪感が出てくるのだろうとおもいます。

今目の前に倒れている人がいたら自分がなにかしてあげようと思うように、人間だれしも物理的に距離が離れていると「助けられなくても仕方ない」と思えますが、今自分がなにかすれば助かるかもしれないのになにもしない、というのはかなり重い罪悪感を負うものです。

それ以上に「世話になった」「愛情をかけてもらった」と思う人が倒れているのであればなおさら助けたいとおもうはずです。

だから姉の苦しみや辛さも理解できるのに、その力になれない、なろうとしていない自分に対しても不甲斐なさや罪悪感が出てきてしまいます。

どの選択肢を選んだところで正解はなく、そして助かる保証も良くなる保証もないとわかっているのに、今まで全力で母のためにやれることならとやってきた自分が、自分の人生を優先することへの罪悪感もあります。

そんなようなことを考えているうちに、わたしの思考はどんどん闇の中にのみこまれ、身体が重く、無気力になっていきます。

でも、もうこんな罪悪感の連鎖は止めたいと、本気でおもいます。

罪悪感で誰かとの「ごめんね」とつながっても、やはり悲しさやさみしさが残るでしょうから。

せっかくなら、「ありがとう」をたくさん与えてあげたい。

そのためにまずは自分が「ごめんね」を言うのではなく「ありがとう」と胸を張って人生を楽しんで生きている姿を見せたい。

もうわたしには、わたしの幸せを本気で願ってくれている人がいることも知っているし、わたしも自分自身が幸せでないなら誰かを幸せにすることも難しいだろうと知っているからです。

誰かを幸せにするなら、まずは自分が幸せになること。幸せでいること。

自分の今の弱さを受けいれて、今自分が生きていられること、この瞬間をありがたく生きることも、きっと今のわたしができる親孝行なのかもしれません。










拝啓

母 ハルミさんへ


今年の日本の夏も例年に劣らず暑いと聞きましたが、体調はどうですか。

病院嫌いなハルミさんだから、きっと早く病院から脱出(退院)しようとがんばっているのだろうとおもいます。

この前、お姉ねえが録音してくれたあなたの現状を伝えるための先生とお姉ねえの会話を聞きました。

それによると、先生もお姉ねえもリハビリの先生や看護婦さんも、ハルミさんの1人でなんとかしようとする性格を理解しているそうで、まだ大丈夫じゃないのに「大丈夫大丈夫」と言って無理して歩こうとするあなたをみんな心配しつつもサポートしてくれているのだそうです。

わたしはハルミさんらしいなぁと思いながら、笑ってしまいました。

だから、あまり1人でがんばりすぎないようにしてくださいね。

1人で突っ走ろうとせず、どうか、わたしたちにも力にならせてくださいね。

あなたは良くても、わたしたちはあなたがこれ以上1人で背負ったり苦しんだりするのを望んでいないのです。

あなたがわたしたちに「しあわせでいられますように」と願ってくれたように、わたしたちもみんなあなたのしあわせを心から願っているんですよ。



わたしはこの世に生まれてこれて、ほんとうにしあわせだとおもっています。

わたしをこの世に生んでくれて、ほんとうにありがとう。

わたしを生んでくれたのがハルミさんで、お父さんで、そしてお姉ねえがいてくれてほんとうによかったとおもっています。

ありがとうを言っても言い切れないくらい、感謝しています。

本当に本当に、ありがとう。

これからは1人の大人として、コントロールすることなくあなたの「今」を受けいれられる大きな人になろうとおもいます。

もっともっと支えらえるように強くなります。

どうか、まだまだ長い人生、お付き合いくださいね。


敬具

ふぁーこ


(追伸)
最近すね毛もわき毛も剃らない女子力のなさに自己嫌悪していたわたしですが、彼はそんな毛すらも可愛いと言ってくれます。おかげでわたしもそこらじゅうの毛も元気なので安心してください。かしこ

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それではきょうも、紙袋の中にライトを入れたら焚火っぽい雰囲気になったようないい夢をみましょう~!


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