WhyWhyなんでブログ

思わず笑っちゃう人生でありたい。笑える明日を、今日取り戻そう。

カテゴリ: WhyWhy心理カウンセラー


令和元年6月1日より、

カウンセリング・コーチングのお申込をお受けいたします!

ただいまふぁーこはグルジアで生活しておりますため、

オンラインとメールという方法でカウンセリング・コーチングを行っております。


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カウンセリングは主に心のパターンや痛み、癒しを扱うもので、それによって人生への見方(感じ方)を変えたり心の安定や平和をもたらす効果があります。

コーチングはどちらかというと「こうしたい」「こうなりたい」などの目標や好きなこと・好きな人との生活・自分がどう生きたいのか希望がある方に、どうしたらそれに近づけるのかその人の才能や魅力をさらに強めて可能性を広げるサポートをすることで生きやすくなる効果があります。


【メニュー】

※オンライン(LINE・Skype・Zoom)のコミュニケーションアプリを使用したメニューです。
オンラインすべてのメニューに「グルジアからイラスト付きお手紙を郵送」の特典がつきます。

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<初回モニター体験(先着5名様)>

・初回限定オンラインカウンセリングモニター 60分 11,000円(税込)

<カウンセリング>

・オンラインカウンセリング(動画通話可) 60分 22,000円(税込)

・オンラインカウンセリング(動画通話可) 90分 27,000円(税込)

・3回まで分割可能 180分カウンセリング(動画電話可) 32,000円(税込)

<コーチング>

・オンラインコーチング(動画電話可) 60分 22,000円(税込)

・オンラインコーチング(動画電話可) 90分 27,000円(税込)

・3回まで分割可能 180分コーチング(動画電話可) 32,000円(税込)



通話等ではなく手元に残しておきたい方や文章で整理したい方はこちらのメニューもあります。

<メール>

・メールカウンセリング(イラスト付き返信) 5,500円(税込)

・メールコーチング(イラスト付き返信) 5,500円(税込)



【ご予約方法・日時】
このページ内にある「ご予約はこちら」をクリックして、ご希望の枠をお選びください。

【方法】
LINE(動画電話可)
Skype(動画通話可)
Zoom(動画通話可)
メール
※ただいまふぁーこはグルジアで生活しております。
グルジアへ電話回線でおかけいただくと高額となりますので、インターネット回線のLINEやSkype、Zoomなど無料アプリでの通話をおすすめいたします。

【必要なこと】
アプリをダウンロードされていらっしゃらない方は、通話時に必要なアプリのダウンロードと登録(どちらも無料)を行っていただく必要がございます。
詳しくはこちらをご覧ください。
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【お支払い方法】
・PayPal
・銀行振込(三菱UFJ銀行/ゆうちょ銀行)からお選びいただけます。
※なお、お振込の際の振込手数料はご負担ください。

【キャンセル規定】
キャンセルとなった場合は既定のキャンセル料がかかります。
2日前~前日:50%
当日:100%
なお、返金の際の振込手数料はご負担ください。

【ご注意ください】

※ご注意ください(1)※
精神科や心療内科に通院・投薬治療をされている場合、個人セッション(カウンセリング)を受けることによって症状が不安定になるケースがあります。そのため原則としてご利用を遠慮頂いております。ご了承ください。

※ご注意ください(2)※
未成年の方が個人セッション(カウンセリング)を受けていただくためには親権者の同意書が必要となりますので、ご了承ください。


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有名な人が自分で死を選んだニュース。

おかげでいろんな所で「死」についての意見や考えを見る機会が増えて、彼とも自死について話したりした。

彼は昔、自分で死を選ぼうとしたことがある。

「死を選ぼうと」というと、どんな風にこの一文を受けとるだろう。

悲観的に、不安や気持ちに押しつぶされそうに、絶望的に、というイメージで受けとる方が多いのではないかとおもう。

でも、彼は

「ずっと毎日毎日、目がベランダの向こう側を見るようになって、そっちのほうがいいじゃんみたいな感じになって。
むしろあっち側にいったほうが解放的じゃんみたいな」

と言った。

うん、そうだよねとおもった。

今いる場所よりも、今いる世界よりも、今いる現実よりも、もっと解放的で、自由で楽で、生まれ変われそうというか、解き放たれるかもと感じるようになるんだよね、とおもった。

今「自分は生きて行く」と認識して生きているのが現実世界だとしたら、死界という未知であり、ある意味ファンタジーな世界との「さかい目」が薄れていく。

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通常、わたしが思うにそのさかい目にはハードルがあって、

一枚一枚「楽しかったこと」「嬉しかったこと」「家族への思い」「周りの人たちの顔」「死を恐れる気持ち」「誰かとの繋がり」「やりたいこと」などのハードルが立っている。

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このハードルがたくさんあったり、頑丈にそびえ立っている人は自死しないし、自死をしようとした人、もしくはした人に対して

「家族のことを思い出せば自死することもなかったかもしれない」
「自ら死ぬことはよくない」
「周りに助けを求めればよかったんじゃないか」
「まだなんでもやれる歳なのにもったいない」

と言ったりする。

それはある意味その通りだともおもうし、その考えが自死を防ぐのも事実だとおもう。

ただその中で一つおもうことは、それを言える人と自死する人とでは「そのとき見てる世界と感じてる世界と立ってる世界がちがう」ということ。



わたしは中学のころ、なぜかずっと自分を殺したかった。

反抗期やら思春期ということもあって、自意識過剰だったりしたせいもあるけど、意識がつねに自分に向いていた。

だから自分を許せないとか嫌悪するだけじゃなくて、「死ねばいいのに」「殺す」と自分が死ねるというか、殺せる方法をずっと調べたり考えていた時期がある。

その時期をこえてわかったのが、自分で死ぬことって「人生最大のわがまま」だなということだった。

そのころネットでBBSという無料掲示板が流行って、その掲示板に自分の好きなスレッドを立てたり書きこみができるものがあった。

わたしは誰かに愛を伝えられないかとおもって、当時「愛」という名前で「死にたい方」向けに居場所(吐き出し場所)的なスレッドを立てた。

そのスレッドで誰かが「死にたい」なんて言うと通りすがりの誰かは先ほどのように「家族の気持ちを思い出して」とか「助けてくれる人はいるよ」と書きこんでいた。

そのときおもった。

「たしかにそうおもうけど、自死をする人は周りのこと考えられる状態じゃない。思い出せる状態じゃない。周りの気持ちとか声が聞こえないくらい自分の気持ちとか意識でいっぱいになってて、死界と現実の間にあるハードルがなくなってきてるんだよ」

と。

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だから、「あ、そうか。自分で死ぬことって周りの気持ちとか環境とか誰かのことを考えるというよりは自己的な行動だから、人生最大のわがままなのかもしれないなぁ」とおもったのだ。

わたしが自分で死を考えていたときは

「もういろいろ頭の声と現実の声がうるさくて、申し訳ないけど、解放されたいのでどうかいかせて」

という気持ちで、怒りと申し訳なさと自分への意識でいっぱいだった。

そして「自分が自分で死を選ぶ(死にに行く)」ことを「悪いこと」とおもっていない(精神状態だった)というのも、彼と同じだった。(今も思わないけど)

彼は「ずーっと寝ないでいたりするとなんか意識がパーっていうか、自分で自分の意識がわからなくなったりするけど、それと同じで脳では思考できなくなってる感じ」と言ってた。

だから「あっち側(死界)にいく」のを良いとか悪いとかそんな思考で考えてないし、その意識すら出てこなかった、と。

たしかに自分を殺そうと思っていたころは「死界にいくこと(未知の世界)」を考えたらなぜかすごく心が楽になって、それを考えることで生きられていた気がする。

彼曰く、「自分で生きるか死ぬか選べるって神様がこの世界に設計したプレゼントだから」とのこと。

うん、ほんとそうだ、とおもった。

「家族のことを思い出せば自死することもなかったかもしれない」
「自ら死ぬことはよくない」
「周りに助けを求めればよかったんじゃないか」
「まだなんでもやれる歳なのにもったいない」

こう言えるかどうかは自死する人とそうじゃない人で「そのとき見てる世界と感じてる世界と立ってる世界がちがう」のだから、どちらに立っているかで変わるんだろう。

もしも「わたしは生きていく」の現実世界に足をつけて死界へのハードルもたくさん立ってる人であれば、「自死」は自分がする側ではなく「される側」のため、そういうことを言えるとおもう。

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ある意味、大切な人に「自殺されたら悲しい」「自殺されたらさみしい」とおもう愛情があったり、相手を思いやれる余裕などがあるから言うのだとおもう。

でも死界にいくハードルがなくなったり見えなくなってどんどんあっち側とのさかい目がなくなってる「自死する側」の人にとって、自死は自由になったり解放されたり、生まれ変われる手段のため、「むしろそっちのがいいんじゃないか」的な感覚になったりする。

まさに、「ハードルがなくなる」「ハードルが低くなる」状態。

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だからわたしは、神様が自らの死を選べる人生を与えてくれたのだとしたら、それは残された側にとってはもちろんさみしく、悲しいことだけど、「解放されたかったんだよね」とおもうと、それも含めてその人の選んだ人生なんだよな、とおもう。(とはいえ、彼や家族のような心理的距離の人が自死したら暴れまくるとおもうけど)

残された側の今生きてるわたしたちが、自ら死ににいった人のことを、死後もなお責めたり否定することもできる。

その人との心理的距離感が近いだけ、その人の死を受け容れられなかったり受け容れたくない気持ちが多い分、なじったり責めたりすることもあるとおもう。

それは残された側(というより意識的に残った側)のわたしたちに選べる「楽になる方法」でもあり、生きていくために必要なプロセスなのだともおもう。

ただよく考えると、自死した人を責めているというより、ほんとは「大切な人を助けられなかった自分」か、「大切な人を笑顔にさせられなかった自分」を責めていて、でもそうやって自分を責め続けるのはしんどすぎるので自死した人に当てているのでないかとおもう。

もしくは「死という恐怖」に向き合ったり「喪失感」という感情を自分が持っていることに耐えきれなくて、それを正当化したり見ないようにする方法がそうなのかもしれない。

だから自死を防いだり、そういった感情の傷を防ぐのは、「現実世界との繋がり」なんじゃないかとおもう。

わたしの場合、「愛」名義で立てた死にたい方向けのスレッドにいろんな人が書きこんでくれた中で、リストカットをしたり自殺したいと言っていた女の子が一年後くらいに

「愛さん、お久しぶりです。まだこの掲示板にいますか?わたしは前にここに書きこんで、愛さんが"いつでもここにいるし、あなたのそばにいます"って言葉をかけてくれて救われました。今もまだ家族との問題はあるけど、リストカットもせずに過ごしています。あのときは本当にありがとうございました。」

と言ってきてくれたとき、ほんとうにうれしかったのを覚えている。

とにかくなにがどうとかじゃないけど「よかった」とおもった。

「お金も出さず、直接会いにくることも命を救うこともせず、ただ掲示板で好きに書くことなんか誰でもできる。偽善者だろ。」と書かれたこともあって、「たしかにそう言われたらそうなのかな」とおもったこともあった。

だけど、それはそうだとしても、当時の自分はだれかを受け容れたり気持ちを伝えたいって思いのが大きくてやってたので、その掲示板で彼女が「現実との繋がり」を持ってくれたことはうれしかった。


そして彼の場合、当時死へのハードルがなくなっていたころ、ちょうど家の近所で室外機の爆発事故があったそうだ。

けっこう近かったこともあって大きな爆発音がしたらしく、一瞬彼は自分が飛び降りて死んだ音だと錯覚したらしい。

そこで彼が「あれ?ぼく今生きてる?ここは部屋だよな。生きてる」と確認し、その爆発事故の現場に行ってみたら、騒然とした中で血まみれの方がいて「ハッと目が覚めた」らしい。

「死ぬっていうのは、こういうことなんだ。ぼくはこんな怖いことをしようとしていたんだ」

と現実世界に帰ってきたとのこと。

それがなかったら今彼はここにいなかったかもしれないと思うと、そのとき彼の中に死への恐怖というハードルが立って、現実世界のほうを向いてくれてほんとうによかったとおもう。



いまもしも死を考えたり、死ぬことを考えることで「解放される場所」を見た気がして心が楽になる人がいるなら、その人たちの「現実世界への繋がり」を考えたい。

もしもその繋がりが一つもないと言うならば、わたしがその現実世界の居場所をつくっておこうとおもう。

ここなら、いていいんだ。とか。

ここなら、なにも考えなくていい。とか。

ここなら、安心できる。とか。

そういう居場所になってくれる人がいるといないとじゃ、まったく違うとおもうから。

どんどん、逃げていいんだよって。

もしも苦しむ元がそこにあるならば、家族とか周りの人なんか、捨てていい。

捨てることに、罪悪感をもつ必要はない。

家族とはいえ他人、一人一人ちがう人生を歩む人間なんだから、心配も罪悪感もいらない。

どんどんどんどん捨てて、責任感とか義務感みたいな鎖も捨てて、

世間とか会社とか学校とか家っていう檻から逃げだしていい。

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人は自分でイヤな感情を処理しきれなかったり許せない場合、見ず知らずの人や自分以外のだれかを否定して、攻撃することでその感情を正当化しようとしたり、見なかったふりをする。

「被害者」になったとしても加害者のことを責め、「加害者」でも被害者のことを否定したり責めたりする。

でも結局だれを責めていようとも、ほんとは心の奥で自分を責めてる。自分の気持ちや苦しさや怒りをその対象やリアルな誰かに映し出してるだけ。

そして自分の気持ちや意識でいっぱいになってるときこそ、まるで幻想くらいの許せない自分を責めてる。自分を殺したいくらい、責めてる。

だからもう自分を責めなくていい現実が必要。

自分を責めずに許せるような居場所が必要。

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ただ“自殺しなけりゃそれでいい”、ではない。

彼ら彼女の意思を尊重し、幸せを願うからこそ海外では「尊厳死」「安楽死」という選択肢があるように、ただ死なずにいればそれでいいわけではないとおもう。

自死を選ばない上で、どうやったら「それがその人の幸せなのか」が大切だとおもうから。

そこにいたる道を、いっしょに探していけたらなとおもう。

好きなことや好きなところ。

心地いいことや心地いいところ。

やりたいことや行きたいところ。

ココロが休まること、休まるところ。

ココロが動くこと、惹かれるところ。

自分を許せるところ、受け入れられるところ。

その人にとってのそんなところを、何年かかっても探していきたい。





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それではきょうも、さとうのごはんにごま塩が振ってあったようないい夢をみましょう~!


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こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです!


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きょうはブラックベリーさんからご相談テーマをいただきましたので回答いたします。

メルマガで扱ってほしいテーマやご質問、愚痴などがあればぜひ送ってくださいね~♪




↓メルマガの冒頭のみご紹介。↓


〈ブラックベリーさんのお悩みテーマ〉

ふぁーこさん、こんにちは。モヤモヤのご相談、させていただいても良いでしょうか。

サークルで、超パワハラ気質の後輩が、可愛い後輩女子とラブラブでこっそり数年付き合っていると噂を聞きました。

かつて、自分も別のパワハラ気質の先輩とこっそり付き合っていたのですが、集中砲火でパワハラを受け、一時サークルに行けなくなったのを思い出し、モヤッとします。最終的にフラれました。

当時サークルには自分しか女子がおらず、誰にも相談できず消えた恋。

好きな人の背中を追い、楽しく頑張る後輩女子。パワハラのトラウマでいまだに行くのが辛い自分(先輩はもう来なくなりましたが)。

今、自分のプライベートはめっちゃ幸せなのに、後輩に居場所を取られてしまうような不安や、惨めさで苦しくなります。どう考えたらいいのでしょうか...


優秀で期待されている後輩女子に嫉妬もあるかもしれません。
自分はもうオワコンなんじゃないか、みたいな拗ねもあったり。





「後輩に居場所を取られてしまうような不安や、惨めさで苦しくなります」
回答はメルマガでご覧ください。

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※場合によってはメルマガが届くまで少しお時間をいただく場合があるみたいです。



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【メルマガのテーマやご質問を募集中】

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メルマガ以外の回答はTwitterで行う予定ですので、質問を送ってくださった方はTwitterをチェックしてみてくださいね。


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それではきょうも、編み物をしていたら地球用のマフラーができたようないい夢をみましょう~!


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それでは今回は正についてみていきましょう。

正は末っ子ですが、長男なので神崎医院の跡取りになるため予備校へ通っています。

姉が2人ということもあってか家族内では(主にすずに)ちょっかいをかけたりケンカしたり、父に反抗したり口答えするような口が減らない性格ですが(すずのほうが口達者)

いざ好きな女性に対しては自分から話しかけられなかったり予備校・仕事先でおとなしいところから、「内弁慶な性格」「シャイな性格」と言えるかもしれません。

または、人と親密になることに怖れをもっている、「野良猫」タイプとも言えそうです。

しかし、予備校ですみかというギャルが男に振られて泣いてるところに遭遇し、少し優しくしたことからすみかにグイグイせまられる毎日がはじまります。

勝手に正の家の番号を予備校で聞いて連絡してきたり、勝手に家にきて好きに振るまったり、すみかを避けようとするもうまくいきません。

正はすみかのような女の子ではなく清楚で頭もいい知的な女の子に惹かれていたのですが、なかなか自分からアタックしたり距離を縮められず、嫌々ながらもぐいぐいアタックしてくるすみかのペースに巻きこまれていきます。

そんな中、予備校で成績が伸びないことから志望校への進学は厳しいと言われ、悩んでいたときにすみかとこんな会話をしています。

すみかが「なんでそんなにさっきからブルー入ってるの?ほんとは医者になりたくない、とか?」と聞くと、図星をさされて黙りこむ正。

「なーんだ、そうなんだ。だったらやめりゃーいいじゃん大学いくの。(神崎医院は)ほっとけば?」と言われると、

「・・・そうはいかねぇよ。

うちの親父さ、ああ見えても昔は有名な大学病院にいたんだよ。

将来は間違いなく教授になるとか言われてたんだけど、ほら・・・ああいう性格だからさ、上の不正っていうか、う~ん・・・そういうのを許せなくて。辞表たたきつけて辞めちゃったらしいんだ。

そのころ、まだ上の姉ちゃんは小学校に入る前だったし、すずもお袋のお腹にいて、おまけに家も建てたばっかりだったからローンもたくさん残っててほんとうに大変だったんだけど、親父が必死に金かき集めてやっとのことで今の病院はじめたんだ。

前にもお袋言ってたよ。‟あのころは毎日食べるだけでも大変だった”って。

あの病院は・・・親父の汗と涙の結晶みたいなものなんだよ。」

とくだん自分の意思で「やりたい」と思って医者を目指したわけではないものの、完一と美矢子の苦労も、病院をなによりも大切にしていることも知っているからその大切なものを引き継いでほしいという両親の期待を背負っていた正。

しかし、最後にすみかから

「難しいことばっか考えてないでさ、自分の好きなことやれば?

悩むばっかでなんにもできなかったらバカみたいじゃん。

やりたいようにやんなきゃ。正の人生なんだから。」

そう言われたことで「自分の人生」を考えはじめます。

そして完一の病院に父親の仕事ぶりを隠れて見にいったり、小百合に相談しに言ったり、自分のやりたいことを模索する中、ついに完一に「俺もう予備校行かない。大学も行かない。医者にもならないし親父の病院の跡も継がないから」と宣言します。

例にもれず怒る完一から「医者にならないってお前ほかになんかやりたいことでもあんのか?」と聞かれ、

「その質問に答えられないから、今までズルズル医学部入ろうとしてたけど、このままだと一生後悔すると思うんだよ!

俺頭悪いからさ、時間かかるかもしれないけど自分がほんとうに何がやりたいのか見つけたいんだ。

そのためには今のままじゃダメだってやっとわかったんだよ!」

必死に説明しようとするも取りあわず、認めようとしない完一に正は言いつのります。

「聞けよ!

親父はな、俺たちのこと心配だとか幸せになってほしいとか言ってけどそんなの全部うそっぱちじゃねぇか!

ほんとは俺たちの気持ちなんかどうでもいいんだよ!

俺たちが自分の思い通りいかないと気が済まないだけなんだよ!

そんなのな、独裁者といっしょだろうがよ!」

そして初めて完一と取っ組み合いのケンカをします。

しかし最後まで許そうとせず、「出ていけ」という完一になにも言わず家を出ることに。

ここから、正の中にある才能が見えてきます。

正は「スター性」「導く」「豊かさ」などの才能を持っていますが、跡継ぎとして生まれたことでその自由な才能や気持ちを抑圧せざるをえなかったと言えます。

たとえば正には、お母さんが自分よりお父さんをとった(お母さんを取り合ってお父さんに負けた)というエディプスコンプレックスや、「俺頭悪いから」という劣等感やコンプレックスをずっと持っていたと見ることができるのですが、

それをもってしてもずっと完一や美矢子の期待を背負い、医者になろうとしていたのは「自分が跡を継がなければ両親を悲しませてしまう」「両親を置いてけぼりにさせてしまう(見捨ててしまう)」という罪悪感があったからと言えます。

しかし自分の弱み(と思う点)やコンプレックスが強い人ほどそれが力となり、強みとなり、人々を導くようなスター性を秘めているものです。

かの有名な世界的スターであったオードリーヘプバーンも、自身の「鼻」「首」「身長」などにとても劣等感を持っていて、「自分なんかが映画や人前に出るなんて・・・」と等身大の自分にコンプレックスがあったのは有名な話です。

その強いコンプレックスというものは自分を隠したり自分を守るために有効でもありますが、自分が自分を認められず許せないというのは精神的にとてもつらいことです。

だからこそ、その「これではダメだ」「ここが負けている」「これが劣っている」という気持ちを自分がのりこえたとき、その人は同じような気持ちで苦しむ人へ活力となるパワーを与えられたり導いていけるようなスター性があると言えるのです。

そして正は家を出たあとそのまま車の整備の住み込みの仕事をはじめますが、完一との間に「権威との葛藤」がある分「家に戻ってきたら」という家族の言葉を受けいれず、やりたいことも見つからない日々が続きます。

あるとき、通りかかった家族からカメラのシャッターを押してくれないかと頼まれたことで「写真をとる楽しさ」を知り、写真をとることに興味を持ち始めます。

プロのカメラマンがいるスタジオに片っ端から「弟子にしてください」と土下座しにいくもどこも受け入れてもらえず、フリーで撮っていたカメラマンに「君なにが撮りたいの?撮りたいものがないならやめておいたほうがいい」と言われます。

そんなとき、神崎家とすみかが正の仕事場へ行ったところ、正が先輩を殴ってクビになったと聞いて正に訳を問いつめます。

正が

「ちょっと人に褒められたからってさ、いい気になってプロんところに自分が撮った写真持ってったら、さんざんバカにされただけだよ。

おまえには一生かかっても無理だから諦めろってさ。

そんなこと言われなくたって俺には一番わかってるっつーんだよ・・・!俺には無理だってことくらいは・・・!」

正のことを信じ、必死に勇気づけようとするすみかを押しのけて自分の写真を川に投げ捨てると、それを拾いに川に入った完一からこう言われます。

「正・・・おい正、お前がな、カメラマンになりたいって覚悟は、その程度のものだったのか?

お前はな、自分のやりたいこと見つけたいって、俺の病院継ぐのやめたんだぞ。

そうだろ?

俺はな、自分の病院を息子に継いでもらうのが夢だったんだよ。

・・・その夢を、お前は俺に諦めろって言ったんだぞ。

それなのにな、そんなに簡単にくじけんのか?

他のやつは許してもな、俺はぜったいに許さんぞそんなことは。

男だったらな、最後まで弱音を吐かずに自分のやりたいことをやって俺を見返したらどうなんだ!」

そう言われ、一番認められたい人に背中を押してもらったとき、正は涙を流して前を向きます。

劣等感というのは誰かと比較したり競争したりして起きる感情ですが、それは他のどんな有名で権力があって才能あふれる人に「あなたが劣等感を感じている部分、わたしはステキだと思う」と言われても、

他ならぬ自分自身が「OK」と思えなければいつまでも「NG」となってしまいます。

つまり、どんな言葉や価値観よりも「自分はダメだ」と信じることで自分が傷つかないように守っているとも言えるのですが、それだといくらお金や技術や権力を使ってなんとかしようとしても、「気持ち」という面ではいつまで経っても苦しいままなのです。

しかし、「この自分自身のコンプレックスに思う部分は個性である」「このコンプレックスの部分が誰かの役にたつ」「この嫌いだった部分を愛したい人もいる」と気づき、自分のことを認めて許せたとき、その悩み苦しんだ経験は他の人に与えることができるパワーに変わるのです。

正はそのあと、「撮りたいものが決まってないならやめておいたほうがいい」と言われたフリーのカメラマンにもう一度お願いしに行き、こう言っています。

「俺・・・なにが撮りたいかわかりました。

俺、いろんな人が一生懸命生きてる姿を撮りたいんです。

なんていうか・・・家族のために文句も言わず地味な家事も毎日コツコツやり続ける母親とか、

いつもは厳しいけどほんとは子どもたちのことすごく愛している父親とか、

どんなにつらくても自分の生き方を貫きとおそうとする姉とか、

なかなかやりたいことは見つからないけど、いつも明るくふるまうもう1人の姉とか、

そんなうちの家族のような人が泣いたり笑ったり怒ったり苦しがったりする姿を、俺は撮ってみたいんです。」

やはり正の心には家族を思う愛情深さがあり、そして笑う人も怒る人も苦しむ人も、どんな人も一生懸命生きててそれぞれがそれぞれでいいんだということを肯定できたからこそ、

自分で自分を認められたように、あなたという存在もすばらしいと間接的に伝えられる写真の世界に惹かれたのかもしれません。

さて、次は完一といい感じになったシングルマザーの【君塚 真知子】について見ていきたいとおもいます。



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それではきょうも、明太子が応援団長に就任したようないい夢をみましょう~!


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こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです!



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今日は前回までの

「①いい子ちゃんで頼れない自立系武闘派問題~ドラマ"オヤジぃ。"に学ぶ愛の視点~」

「②ロックマンの罪悪感と生き方~ドラマ"オヤジぃ。"に学ぶ愛の視点~」

「③飽きっぽいトラブルメーカーが持つ無価値感~ドラマ"オヤジぃ。"に学ぶ愛の視点~」

に引き続き、すずの結婚相手でありエリート商社マンの【国東 博】を見ていこうとおもいます。

(ドラマ「オヤジぃ。」のあらすじと登場人物はこちら)


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博はすずが合コンで知り合った東大卒のエリート商社マンです。

神崎家に挨拶に来たときもSMY(誠実・マジメ・優秀)さがわかる雰囲気で、「ぼくもお父さん(完一)みたいな温かい家庭をつくりたい」と言うような男性です。

博を演じたのが及川光博さんですが、キャラクターの設定とはいえ、話し方といい、たたずまいといい、言動にも品があり、やわらかい雰囲気が伺えます。

そんな博ですが、父は高級官僚で母はメディアに出るようなエッセイスト、そして豪邸のようなところに住んでいます。

一見、完璧とも思える経歴・外見・性格で、何も問題がないように思えるのですが、すずが博のお宅へ挨拶へ行くというので完一も美矢子もいっしょに結婚前の挨拶へ行ったとき、こんなやりとりがありました。

博のお宅で客間に通された神崎家の3人は長椅子へ3人横並びで座ります。

一方、博と博の両親たちはテーブルをはさんだ向かいでそれぞれ1人用の高級ソファへ腰かけています。

博の父が「息子は今まで付き合っている女性を連れてきたことは一度もなかったので驚きました」と言い、博の母も「突然結婚するっていうからどんな方かと思ったら、ほんとに可愛らしいお嬢様だこと」と結婚について切り出します。

そのあとすぐ博の父に電話が入って席を立つと、博の母は父について

昔から働くのが趣味みたいな人
家にゆっくり寝たのも数えるくらいしかない

と言い、それに対して博は「お母さんだって負けないくらい忙しいじゃないですか。最近ホテルに缶詰めになることも多いし」
と返します。

博の父が戻ってくるまで数分のやりとりをしていたものの、父が戻ると「あなた時間がないからそろそろ・・・」と席を立とうとする母。

そして父も「そうだな。わたくしどもは基本的に、結婚についてはぜんぶ、息子に任せております。親の口から言うのもなんですが、昔から息子は勉強もよくできましたし、わたしたちの言うこともよく聞いてくれる素直な子で。」

博の母も「そんな博の選んだ相手なら間違いないとおもいますし、わたしたちは息子を信じておりますから。それじゃ、わたしたちはこれで・・・」と言い残して去ろうとしました。

これに博はなんとも言えない表情をしてただ口をはさまず聞いていましたが、ここで口をはさんだのが完一でした。

「あの・・・あのすいません、すいません!ちょっとちょっとちょっと・・・!ちょっと待ってください!
なんかさっきから話聞いてるとね、息子さんが誰と結婚しても、どうでもいいようにおっしゃってるように聞こえるんだけれども・・・
いや、という・・・というよりもね、あなた方、自分のことしか頭になくて子供のことほったらかしって感じなんですけどね。」

博の父が「わたしたちはそんなつもりじゃ・・・」と反論するも、

「いやそう見えますよ!そう見えますよ。

(すずたちを見ながら)お前らだっておかしいと思わないか?ふつうさ、息子の結婚といや一生に一度の問題だよな?それを10分やそこらで結論だそうって・・・

(博の両親を見ながら)・・・いいですか?聞いて、聞いてくださいよ。

うちはね・・・‟うちが”娘をやるんだよ!

ふつうだったらあんたらがうちに来て結納かわすのが筋ってもんじゃないの?

それをさっきから聞いたら「忙しい忙しい」って・・・

子供の結婚よりも大事な用事っていったいなんなんだ!!!」

とブチ切れて帰ってしまいます。

そのあとも博とすずはデートを重ねますが、一向にすずに手を出そうとせず、すこし距離をとって接する博。

すずはそんな博に違和感を覚えますが、「博さんLOVE」なまま違和感をポジティブな意味に受けとめて結婚を進めます。

一方博は完一に話があると相談しに行きました。

「すずちゃん、お父さんになにか言っていませんか?たとえば結婚を考え直すとか・・・
すずちゃんのことを考えたらこのままでいいのかなってちょっとおもったりして」

そこでどうしてすずと結婚したいのか、すずのどこが好きなのか聞かれると博は

「彼女なら、たとえばどんなことがあってもぼくについてきてくれるような気がしたっていうか・・・なんでも許してくれそうな気がして・・・
それにあの、ぼく元々お父さんみたいに温かい家っていうか家族をつくるのが夢だったんですよ。」

と答えます。完一がなにか違和感を覚え、「君はなんか隠してないか?」と聞くも「いえ、べつに」と視線をそらす博。

その後、紆余曲折ありながらようやく迎えた結婚式、SMY(誠実・マジメ・優秀)な博が予定時間になっても式場に来ないというハプニングがあります。

結局博が遅れてきて式は開始されましたが、新婦入場のときに完一がすずを連れ出して帰ってしまい、結婚式は中止になります。

それからも博はすずと結婚する意思は示したものの、相変わらずすずに手も出さず、隠しごとを教えようとしないことから最後はすずのほうから結婚を断られます。

そして結婚式をめちゃめちゃにされた(顔に泥をぬられた)上に結婚を断られた国東家の両親が大激怒で神崎家(完一・美矢子・すず)を呼び出して問い詰めると、完一は博にこう聞きます。

「博くん、君はほんとうに・・・えぇ・・・まあ、女性に興味がないっていうか・・・‟男”しか、愛せないのか?」

「そんなわけないだろう!」と激昂する両親とみんなに注目され、神崎家の顔を一人一人見たあとで、博は

「お父さん、お母さん、ぼくは・・・・ぼくは・・・

ゲイです。

・・・ぼくは、ゲイです。」

覚悟を決めたようにカミングアウトします。

「ずっと、自分の中でもモヤモヤしてて・・・でも神崎さんのおかげでやっとわかったんです。すずちゃんと結婚しようとおもったのも、必死で本当の自分を否定したいっていうか、現実から逃げたかったからなんです。・・・すずちゃん、ごめん。」

そうして同性愛者であることを告白した博は、結婚破談だけでなく親からの勘当、会社では左遷という名のクビになりました。

こうしてすべてが白紙になり、ゼロからのスタートを切った博。

なんとも世知辛く、どうしようもない気持ちに苛まれる気がするかもしれませんが、この出来事についても愛の視点で見てみると、ここで博は‟生まれ変わることができた”と見ることができます。

家族というものも、帰る家も、仕事もお金も、結婚も子供も、地位も名誉も、そして今までかぶっていた優等生の仮面もすべてなくなった博。

博はまるで丸裸にされ、一番見られたくない部分を見られ、崖から放り出されたような気持ちだったかもしれません。

でも博には「居場所をつくる」「情熱」「直観力」「感性豊か」という才能があり、そのような自分の才能を押し殺す人生より、その魅力や才能を発揮できる人生を自分で切り開いたと言うことができます。

とくにセクシャリティ(性的魅力)で悩む人には「居場所をつくる」才能が溢れているのですが、それは「自分の居場所」について本気で悩んだことがあるからです。

自分の居場所について本気で悩むのは、「さみしさ」や「虚しさ」、「悲しさ」などを感じる出来事があったり、そんな環境に身を置いていたからともいえます。

その感情を感じた人は、どうしたら他の人がそんな感情を感じないでいられるのか、どうしたらそんな思いをしない環境をつくれるのかをよく知っています。

おそらく意識的にしなくても、無意識的にそれがわかるのです。それを「才能」と呼びます。

博の場合もそうです。小さいころから放任ともとれる家庭環境で、親の言うことを聞いたり優秀ないい子でいなければ目にかけてくれない家庭だと、きっとさみしい思いもむなしい思いもしたでしょう。

同性愛者であるとわかれば高級官僚の息子として名誉を傷つけることや跡を継がせてあげられないこと、世間の言う‟ふつう”ではいられないこと、今まで築いた信用を失うこと、きっとすべて博はわかっていたとおもいます。

博の中には「父や母に笑顔でいてほしい。幸せにさせてあげたい」という気持ちがあったからこそ、「自分のせいで」という罪悪感も強くあったことが伺えます。

しかし罪悪感のためにウソをついて補償行為(罪を償うための行為)をするのではなく、自分の気持ちや感性に正直になったことで、今までの「父や母のため」に生きてきた人生から「自分のため」の人生を歩み始めることができたのです。

後半で偶然すずと再会したシーンでは、博はニューハーフバーで働いており、そこですずにこんなふうに語りかけています。

「あんまり焦っちゃだめよ、まだ若いんだからさ。

ほら、最初に会ったとき、アタシ・・・すずちゃんにさびしいのとか見ぬかれてたじゃない?

きっとそのころ、今のすずちゃんみたいな顔してたんだろうな・・・っておもって。

ね、もっと自分に自信持たなきゃ。

すずちゃんはさ、人を幸せにする力があるんだから。

アタシだってさ、すずちゃんと、すずちゃんのパパのおかげでこうやって今の本当の自分を見つけられたんだから。・・・ね?

ガンバレ。

なんかあったら、いつでもいらっしゃい」

こうして「なんかあったら、いつでもいらっしゃい」と言えるところが、「人と人をつなぐ」「居場所をつくる」才能があるとも言えます。

そしてそれは、きっとあのまま国東家にいては思いきり発揮できなかった才能だったのです。

博のすごいところは、そのような一度すべてがなくなる境遇に立たされても「父や母」「左遷を命じた上司」などに関しても一切恨み言や否定、泣き言を言わなかったところです。

相当気持ちを抑圧して麻痺してしまったと見ることもできますが、「アカウンタビリティ(責任の概念)」という‟すべては自己責任である”という自立的な立場、考え方をしているのかもしれません。

すべてのことや起こりうることは自分の選択の結果であり、自己責任であるというのがアカウンタビリティなのですが、これは自分を責めるためのものではなく、自己成長し続けること、自分の世界を広げること、選択肢を広げられる考え方なんですね。

博はそんな自己成長し続ける生き方、選択肢を広げられる考え方によって「情熱」「感性」「無邪気」といった魅力も発揮できるのではないかなとおもいます。

そう思うと博はとても才能に溢れ、そして魅力的な人物であるとともに、誰よりも人一倍愛情深い人物なのだとおもいました。



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それではきょうも、とんがり帽子のてっぺんに大福が乗っていたようないい夢をみましょう~!


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