こんにちは!

WhyWhyコーチのふぁーこです。

いよいよ1週間後にせまる一時帰国、、、

胸がドッキンコドキリンコでございます。

グルジアイベントで必要なものを買い揃えたり、みなさんへのお土産を買ったり、ハルチョーを念のため何度もつくったり。
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今回イスタンブールでトランジットが7,8時間あるので、飽きないようにMP3にたくさん曲を入れたり、電子書籍を持っていこうと思っています。

やれるだけのことはやって、あとは思いっきり楽しんでいきたいなという所存です!

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ちょっと前々から気にはなってて、ずっと言いたくて言ってなかったことがあるんですけど、「親密感の怖れ」が強い人ならわかってもらえると思うので、今日はそれをテーマにしたいと思います。

ちょっとみなさん考えてみてほしいんですけど、今自分がなにか仕事を探してますという状況だとして、求人広告とかを見てるとするじゃないですか。

紙でもネットの情報でも、友人に良いところがないか聞いてみてるでも、なんでもいいんですけど。

そこで、ある求人が目に留まりましたと。

雇用形態、自分の希望のでいけそう!

仕事内容も自分の求めてた感じにピッタリ!

勤務時間・休日日数もいい感じ!

え、お給料もいいじゃん!

しかも社会保障もきちんとしてそう!

おぉ、通勤場所もいろいろ選べそうで、もうここ最高じゃない!!

なんていう会社が見つかりましたと。

うれしいですよね。

自分の希望や、「こうあったらいいな」という理想に近いところが見つかると、すごくテンションあがるじゃないですか。

だから、「もうここに応募してみようかな」なんて思いはじめて、先走り過ぎて「面接の時に着るスーツあるかな?」なんて考えて浮き足立っちゃってるわけです。

で、最後のほうまでちゃんと読んでなかったと思って、もう一度見てみたら、下の方に「この会社の社員からのコメント」というところで「ご安心ください!うちはとてもアットホームな会社です!」って書いてありましたと。
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・・・わかります?

このテンションダダ落ちのわたしの気持ち。

きっと親密感の怖れが強いみなさんなら、今わたしと同じ気持ちを持ってくれてるだろうと思います。

「安心してほしいなら、それを書かないほうがよかったんじゃないの?」とさえ言いたくなってしまうわたしの気持ち、お察しいただけるだろうと思います。

なんだろう・・・この「ご安心ください!うちは絶対見ません!」という看板がある銭湯に来た気持ち。

「ご安心ください!うちは下心ありません!」という看板がある風俗店に来た気持ち。(いやむしろなきゃ困るけど?)

一般的な認識であるものとか、「そりゃそうやろ!」ということを書かれると、「なんでわざわざ書いたの?まさか・・・」って思ったりしますよね。

というわけで、今日は「アットホームな会社です」って書くところって、やっぱりちょっと怖くない?というお話でして。

その前に、「親密感への怖れ」とはどんなものか簡単にご説明しますね。

親密感への怖れとは、「誰かと親密になることへの怖れがある」という、まぁそのまんまなんですけど(笑)

詳しく言うと、誰かと心理的に距離が縮まって仲良くなったり、その人と自分の心の共有感や増えたり、ともに時間を過ごす中で、「近づいてほしいけど近づいてほしくない」というように、「親密さ」についての怖れや葛藤を持っている状態を指します。

たとえば、なんか問題が起こったわけじゃなくても、これからもその人との関係を続けることに不安(怖れ)を感じたり、なんかこれ以上近づきたくない感じがして避けたり、定期的に人間関係をリセットしたくなったり、かと思えば寂しくなってまた近づける新しい人を求めたりというかたちで、その関係性を親密にさせることになにか抵抗が出てきたりします。

そういう親密感への怖れを持っている人からしたら、「近づいてほしいけど近づいてほしくない」という、まさに野良猫のような境界線をどこか持っているわけです。

たとえば、「今日は気分がいいから撫でさせてやってもいいけど、お腹とかしっぽを触ったら一生触らせニャイから」という野良ニャスもいるでしょう。

もしくは、「今日はごはんだけ置いて行ってくれ。傷つきたくなかったらその段差からこっちには来るんじゃニャイ」というような野良ニャスもいるでしょう。

それは、「自分は過去に愛してほしかった人に愛してもらえなかった」という深い傷を持ってるから、同じような思いをしないように張った境界線なのですが、それによってまた他の人(もしくは他のニャス)を傷つけることもあったりして、「ニャンて自分は悪いやつニャンだ」と、自分を責める材料になって、悪循環にハマるということもあるんですね。
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そこで、「アットホームな会社」の話に戻るわけなのですが、親密感への怖れが強いということは、「人とどう親密になっていくか」というところにけっこう敏感なわけです。

だって、もう「愛してほしい人(大切にしてほしい人)に愛されない」という体験は二度とごめんですから、「この人は近づいて大丈夫か?境界線に入れて大丈夫か?」と距離感センサーが敏感に反応するようになります。

その時に、「こっちのペースを伺って待ってくれる」とか、「こっちの境界線を理解しようとしてくれる」とか、「気持ちを尊重して受け入れてくれる」的な対応だったら、徐々に心を開いたり距離を縮められるようになるのですが、「わからない」とか「怪しい」という状況だと、距離感センサーが赤のままで近づいたりできないんですね。

で、この「アットホームな会社です」という言葉も、けっこう曖昧だと思いませんか?

そりゃすでにその会社に所属していて、その会社がどんな会社で、どんな人たちが働いていて、どういう時間を過ごしてるか知ってる側は「ホーム」だろうし、「アットホーム」と感じているかもしれないですけど、それがどういう意味の「アット」なのかをこっちは知らないじゃないですか。

たとえば、「めちゃくちゃ過干渉でプライベートやの体のことまで口出しすることをアットホームだと思ってる人たちがいる会社」だったら嫌ですよね?

「家族のように接するのが当然だから、忙しいときはどんなに遅くなっても(終電を逃しても)人の仕事にも協力してから帰らなければいけない会社」とかは嫌ですよね?

「‟会社を家のように思ってくれていい”という謎思考によって会社に寝泊まりさせられる会社」も嫌ですよね?

「家長制度を取り入れてるタイプの会社でアットホームと称して飲み会や接待への強制がある会社」も嫌ですよね?

「アットホームだからと言ってアレルギーがある人もいるのに家のペットを連れてくる人がいる会社」も嫌ですよね?

「自分が入社する前にすでにいる人たちでアットホーム感が出来過ぎて自分がまったく入り込めない(適応できない)会社」も嫌ですよね?

「もはやアットホームどころじゃないドロドロな社内恋愛が繰り広げられてる中で巻き込まれる会社」も嫌ですよね?

この、「アットホーム」って言葉自体は悪くないんですけど、捉え方やその言葉へのイメージが千差万別すぎて、ぜんぜんその会社の良さが伝わってこないというか、むしろちょっと危険信号が出るというか、一気にメーターが振りきれるというか。

本来、アットホームって「自宅みたいな」とか「親しみのある」とか「居心地のいい(家)」のように、基本的にいい意味が多いと思うんですけど、たとえば自分で自分の家を紹介するときに「うちはアットホームなんだよ」とは言わないですよねということで。

だって自分の家がくつろげたり、居心地がいいのは当然ですよね。

アットホームの意味そのものですから。

ということは、「それをわざわざ書く(しかもどうアットホームなのかの説明もない)ってことは・・・」と勘ぐってしまうのもしようがないことかなと思います。

で、じゃあどうすればいいのか?という話なんですけど、上で書いたようになにかと人が信用できなかったり、最後に関係性を自分で壊したくなるような親密感への怖れが強い場合におすすめなのが、一つは、「今の自分はそういう野良ニャンす」とあきらめること。

親密感への怖れを持つきっかけについては先ほども話しましたが、その親密感への怖れを持つと、「もう傷つかないように近づきすぎないぞ!」とやってく中で、どんどん「マイルール」が増えたりして、完璧主義だったり理想主義になったりします。

それは、「自分はこうあるべき」というのもそうだし、「こうしなきゃいけない」とか、「〇〇についてはこう考えるべき」とか「こうしたほうがいい」とか、そういうリスクヘッジ的な面も多いのですが、「自分がもう一度人を深く愛すこと」「深く愛し愛されること」についても完璧を求めたり、理想通りじゃないとダメ!と自分に厳しくなってしまいます。

そういったところからも、野良ニャスのみなさんは本来すごーーーく情熱的で、愛情深くて、優しくて、相手を思いやれる人なんだよなぁと思うんですけど。

でも、そういうふうに完璧主義だったり理想主義になると、「今ここにあるがままの自分」を生きられなくなったりするんですよね。

「人を深く愛したり大切にするとまた傷つくかもしれないからそうならないようにしよう」とか、「自分といても振りまわす(振り回される)だけで申し訳ないから距離をとろう」と思ってる時って、どちらかというと「近づいてほしいけど近づいてほしくないと思ってる素直な自分」よりちょっと強がってしまってるというか、無理しようとしちゃってるところがあったりするんだと思うんですよね。

で、けっこうそれを続けていくのもキツイじゃないですか。

だから、わたしは「あきらめる」って、「今ここにいる等身大の自分を生きること」につながると思って使うんですけど、完璧でもなければ、理想通りでもなければ、そりゃ本来は人を愛したくてうまく愛せなくて悩むくらいだから諸々重いと思うかもしれないけど、「今のわたしはそういう野良ニャスなんだよな」と。

今のそのままの自分を許すためにあきらめるというか、どっかで「野良ニャスだったらなに?そんな自分じゃ生きてちゃ悪いニャンて誰が決めたの?何時何分何秒地球が何回まわったとき~?」と開き直るためにやるというか。
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野良猫なら野良猫らしく、どんどんプンスコして、シャーシャー牙をむき出しにしていいし、気分が乗った時だけごはんやセックスにガッついてもいいし、「これは好き」「これは嫌い」と自分の意思表示を明確にしたほうが愛されやすくなりますから、もっとわがままでいいんです。

でも、気分がのらなかったり、近づいてほしくないときには、そういう思いを持つことをダメなことだと思わず、自分を責めるのではなくて、相手とコミュニケーションできるようになれば楽ですよね。

っていうようなことを、わたしのカウンセリングやコーセリングではお伝えしていて、人によってそのコミュニケーションさえしてもダメだと絶望を感じたところだったり、近づいてほしい時は近づいてもらえなくて、近づいてほしくない時に近づかれた経験があるとか、そういう過去の部分を「それは寂しかったでしょう、苦しかったね」というかたちで、もう一度今の自分が過去の自分を迎えに行くようなカウンセリングをしたりします。

二つ目は、「逃げる」という選択肢を当然のように持っていられるように過去の傷を癒やすこと。

これは非常に重要で、かつちょっと解釈が難しいかもしれないんですけど。

野良ニャスと言えば、逃げる。

逃げると言えば、野良ニャス。

追いかけても追いかけても逃げてしまって、「あ~ぁ、もう会えないんだな・・・」なんて思ったら急に表れて甘えてくるなんていうのはしょっちゅうですよね。

で、そんな親密感の怖れを持つ野良ニャス当人のみなさんにおかれてましては、「逃げる」ということがどこか悪いことというか、人を傷つける(迷惑をかける)ように感じたり、自分の弱さのように感じて、「逃げる自分は悪いやつなんだ」と自分を責めてしまうことも多いかと思います。

だけど、そうじゃなくて、本当は「逃げる」という選択肢は、誰にでも平等にあるものなんですよね。

その「逃げる」という選択肢に対する、過去の気持ちがそれを彩っているというか、その気持ち次第でどう「逃げる」を捉えるかが変わっていくというか。

たとえば、すごく小さなころに「大切な人に逃げられた(避けられた)」という経験があれば、当然「逃げる」ということに対する気持ちは、悲しさや切なさ、怒りや悔しさなどが出てくるようになるでしょうと。

で、「逃げる」という行動によってどれだけ自分が傷ついたかを自分の感覚で知ってるので、それを逆に自分が誰かにやった時に、相手にどういう思いをさせるかも知ってる(と自分では思ってる)んですね。

この、「と自分では思ってる」というのが重要で。

たしかに、自分が「逃げる」という選択肢をとったことによって、相手を傷つけるかもしれないし、当時の傷ついた自分のような思いをさせるかもしれません。

でも、もしかしたら自分が思ってるほど相手は傷つかないかもしれないし、むしろ「逃げられたほうが追いかけ甲斐がある」と思うタイプかもしれませんし(それはそれで怖いけど(笑))、自分が思うよりずっと懐が深くて、何度逃げても「いいよーぜんぜん準備できるまで待つよー」と待ってくれるかもしれません。

もちろん、そうならない可能性だってあるから、信じられない気持ちがあって、なかなか近づけないのも当然なんですけど。

ただ、そうやって、ぜんぶ「絶対こうなるに違いない」と自分だけの考えでガッチガチに固めていたところから、「Aの時はAでもいいしBでもいいのか。Bの時はBでもいいしCでもいいのか」と、自分以外の生き方であったり、受け入れ方であったり、愛し方だったり、価値観や選択肢を知っていくことで、自分のマイルールを緩めたり、「逃げる」っていう選択肢に罪悪感を持つことなく、持っていていいんだと自分に許可を出せるようになったりします。
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でも逃げる。

というように、「逃げる」という選択肢は本能的なものもあるのでそれはそれで全然いいのですが、自分じゃ親密さを与えてもらえないと思った時の自分や、「逃げるのは悪」と思うようになった頃の自分を癒やしてあげることで、今よりももっと「逃げてもいいし逃げなくてもいい」というふうに可能性を広げることができて、気が楽になると思います。

というわけで、「なんかいつもどっかで大切な関係を壊しちゃうなぁ」とか、「最後の最後に抵抗が出てくるんだよなぁ」という方々は、ぜひこのカウンセリングでそういう制限をとっぱらっていかれるといいんじゃないかなと思う次第です!



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それではきょうも、受話器が茄子でできてる黒電話があったようないい夢をみましょう~!

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