こんにちは!
WhyWhyコーチのふぁーこです。
この間、グルジアのアウトレットモールみたいなところの広場で、「キッズマーケット」っていう、出店で子供たちが手作りでつくったアクセサリーや絵を売っている祭典があって、そこに行ってきたんですね。

わたしは物を買うときに、「新品」もまぁ好きなんですけど、「中古」とか「手作り」っていう、なにかそこに誰かの気持ちや思い出がこもってるものも大好きで。
去年も行ったので、キッズマーケットに行くのは2年目なんですが、今年もどんな子供たちの作品に出会えるのかなぁと楽しみにしながら行ってきました。

去年買った子供の絵画は玄関に飾っています♪
で、会場に着いたら50店舗くらい出店があって。

大人がサポートでついている出店もあるんですけど、だいたいは一つの出店に3~5人くらいの子どもたちが店主をしていて、それぞれがつくったものを並べて売っている感じなんですね。

「これはわたしが作ったのよ」って積極的な子もいれば、あまり目を合わせないシャイな子もいたり、「こっちに来て見て行って」とか、「この中のどれかを買ってくれたら無料で一つおまけをプレゼントするわ」っていう営業上手な子もいたり、つくった物だけじゃなくて、そういう子供たちの個性も見れるような、本当にとてもかわいい場所なんですね。

キラキラした瞳で「わたしのつくったのを買ってくれるかなぁ」って期待されると、こちらも「断るのがとても悪い気がするなぁ」なんて気持ちになって、ついつい「この中だったらどれが欲しいかな」って感じで、夜のお店でセット(前来店時から取り置きしておいてもらったお酒のこと)じゃなく、「ちょっと今日はシャンパンでも飲むか」なんて言って、女の子を喜ばせたくなっちゃうんですよね。(今わたしは夜のお店でついつい良い顔しちゃうおじさんの気持ちがよくわかる)

でもほんと、ぜんぶよくできているし、キレイでかわいいし、なによりそれを作った本人たちがそれを売ってくれるというのは、作り手の思いとか、こだわりとか、それまでの頑張りをぜんぶ受けとれる気がして、とてもワクワクするんですね。

すごいでしょう。これを9~10歳くらいの子たちがつくって売ってるんだから、みんな真剣に一生懸命つくったんだろうし、どんなものをつくろうとか、もうちょっとこうしようとか、いろいろ考えたり、感性を活かしたり、本当に思うがままにつくったのかもしれないし、その背景を想像するのも楽しいんですよね。

これは彼がちょっと欲しそうだった、キノコ柄のライター入れ。わたしたちはタバコを吸ったりしないのもあって買わなかったんですけど、すごい個性が光っててかわいいなぁと。

一通り出店を一周したあと、もういいかな?と思ったら、彼がここのお店を覚えていたらしく、手前の淡い黄色の編みぐるみが欲しいというので、もう一度買いに来ました。名前は「もんピ」になりました。
で、わたしもぜんぶ手作りだからテンションが上がってしまって、いつもはあまりアクセサリーを爆買いとかしないけど、今日はたくさん買ってしまいました。


喜びをキメ顔で表現するわたくし。ブレスレットやネックレス、ピアスも買った。
で、もともとわたしは日本でもお店の店員さんに話しかけられるのがあまり好きじゃないんですけど、今回のように店員さんが子供だと、いつもより子供たちの期待を裏切るとか、断ることにすごく罪悪感を覚えますよね。
実は今回も、ベンチで買ったものを眺めながら彼と話していたら、7歳くらいの女の子が2人やってきて、そのうちの一人が腕にかけてる4つのカチューシャを「どれか買ってくれませんか?」って感じで売りにきたんですね。
あまり私の好みというか、使えるようなカチューシャじゃなかったので、すぐに断ろうかなぁと思ったんですけど、頑張って手売りで売ってて、その勇気もすごいなぁと思ったので、まず「これはいくら?」って聞いてみたんですね。
安かったら買ってもいいかなぁと思って。
で、返ってきた値段が思ったよりも高級(わたしにとって)で、「ごめんだけど・・・それならいらないかな」と伝えようと思ったら、その女の子がビーズのブレスレットを何個かしていたので、そっちのほうが使えそうだし、かわいかったので、「こっちは売ってないの?」って聞いたら、「これはわたしのものよ」って言ってて、そうかそうかと(笑)
その子は、一生懸命にカチューシャをわたしに合わせる素振りで、「あなたにすごく似合うよ、キレイだよ」って言ってくれて、それはすごくかわいいし、その子を喜ばせてあげたい気持ちもあったんですけど、でもよく考えても使わないし、買っても自分のテンションが上がるものでもないし、誰かほかににプレゼントしたい人も思いつかなくて。
で、すごく悪いなと思いつつ、「ごめんね、これはわたしはいらないよ」って伝えたんですね。
そしたら、一回他のところに行こうとしたその子が戻ってきて、ダメ押しで「じゃあ〇〇円なら?」って値下げして売ろうとしてきて、その営業手法の方がすごいなぁと思ったんですけど(笑)
「でも、私はいらないからごめんね」って言って断ったあと、ちょっと罪悪感はあったんですけど、わたしが購入した、見てるだけでテンションが上がるかわいいアクセサリーをもう一度見てたら、「いらないけど相手がかわいそうだから犠牲的に買う、みたいなことをしなくてよかったな」と思ったんですね。
かわいそうって時点で、相手を対等に見てないし、相手に対して敬意がないですよね。
相手は相手で、どんなかたちであれ、どんなふうに感じるかわからないけど、そこにはいつも相手には相手の生き方があるわけで。
それを勝手にこちらが推し量って、相手を下に見たり、上に崇めたりするのもおかしい話で。
家族だってケンカするんだから、誰かと自分の好みや価値観やタイミングが合うときもあれば、合わないときもあるのが当然ですよね。
それを、こっちが「自分が我慢してでも相手が幸せならそれでいい」っていうスタンスでいることこそ、相手への敬意がないよなと思ったんですね。
相手のことを、「私の幸福を願わないような人」と決めつけてるというか、そんな器の小さいやつだと決めつけてるような気がして。
もちろん、たまには「犠牲的な気持ちもあるけど、やっちゃおうか」って感じで、犠牲的な自分を理解した上でやることもありますけどね。
それは、自分で意識的に選んでるので後悔しないし、自分の本心をちゃんと自分で理解してる分、苦しさはあまり感じないのでいいと思うんですね。
というわけで、「できない(買えない)」じゃなく、「無理すれば(気持ちは上がらないけど物理的には)できる」ことだからこそ、目の前のこの子を喜ばせたいとか、笑顔を見ることができるかもしれないと思うと、自分が「NO」と言うこととか、相手の願いを断ることが、すごい悪いことに感じてしまいますよね。
現実で言えば、今回のようなことだけじゃなくて、大人相手でも「ちょっとここまで作業をお願いしていいかな?」って言われたり、「〇〇さんとやりたいから、ぜひいっしょにこれやらない?」って誘ってもらったり、「〇〇さんのこういうところが良いと思うから、ぜひ依頼したいんだけど、どうかな?」って依頼がきたり。
なにかを相手から言われたわけじゃなくても、「AとBなら、明らかに〇〇さんはAのほうが好きだよな」ってことを自分が知っていたり、相手の気分が上がる方法を知っていたり、相手が喜んでくれるポイントを知っていると、優しかったり、相手の気持ちを瞬時に理解できる人だったり、誰かを助ける心の器がある人ほど、「じゃあ自分ができることなら」って、無意識に相手の気持ちを優先する選択をとろうとするんだと思うんですね。
で、これはもちろんぜんぜん悪いことじゃなくて、良い部分でもあると思うんですけど。
でも、「犠牲してでも今回はやりたいから」って理解してるならまだいいと思うんですけど、自分の気持ちを置いてけぼりにしすぎちゃうと、「なんか最近つまんないな・・・疲れるな」とか、自分の喜びにはならない分だけ、あなた自身の苦しさが増したりもしちゃうと思うんですね。
なので、犠牲をやめるときのポイントは、相手に敬意を持って、「あの人は一人の人間として人生を全うしている」「あの人は一人の人間として人の幸福を願える人」っていう見方をしてみることです。
そういうふうに相手を見ることで、相手にも自分にも敬意を持った選択をとることができるようになったりします。
また、相手に敬意を持って接するようになると、「自分の身のほどを知る」じゃないですけど、謙虚に対応しようとしますし、一歩引いて接することで、相手を信頼することにもつながると思うんですね。
「自分がやってあげる」とか、「自分が無理してでもやらなきゃ」とかじゃなく、相手には相手の選択があり、経験したり感じることがあり、人生を全うするやり方があるのだということ。
それは、「わたしがなんとかしなきゃ」ということではなく、「相手がなんとかできる(もしくはするかどうかを決める)こと」なのだということ。
そういうふうに、ちょっと「悪いなぁ」っていう罪悪感が絡むと、「そんな悪い存在である自分は幸せになっちゃいけないんだ」ってことで、そこから変化を起こすことが怖く感じると思うんですけど、あなたが誰かに「幸せでいて欲しい」と願ったように、きっとあなたに対しても幸せを願っている人がいると思います。
現実的じゃなくても、全員じゃなくても、どっかの誰かや、天国から見守ってるあの人が、あなたの幸福を願っているでしょう。
その人たちの気持ちを本当の意味で受け取るためにも、あなたが本当に幸せになって、その幸せのエネルギーで周りを笑顔にするためにも、まずはあなたが「犠牲をやめる」という選択をとってみてほしいなと思います。
ぜひ今日からは、「この人は一人の人間として人生を全うしているんだ」という敬意を持って、身近な人に接してみてください。
WhyWhyコーチのふぁーこです。
この間、グルジアのアウトレットモールみたいなところの広場で、「キッズマーケット」っていう、出店で子供たちが手作りでつくったアクセサリーや絵を売っている祭典があって、そこに行ってきたんですね。

わたしは物を買うときに、「新品」もまぁ好きなんですけど、「中古」とか「手作り」っていう、なにかそこに誰かの気持ちや思い出がこもってるものも大好きで。
去年も行ったので、キッズマーケットに行くのは2年目なんですが、今年もどんな子供たちの作品に出会えるのかなぁと楽しみにしながら行ってきました。

去年買った子供の絵画は玄関に飾っています♪
で、会場に着いたら50店舗くらい出店があって。

大人がサポートでついている出店もあるんですけど、だいたいは一つの出店に3~5人くらいの子どもたちが店主をしていて、それぞれがつくったものを並べて売っている感じなんですね。

「これはわたしが作ったのよ」って積極的な子もいれば、あまり目を合わせないシャイな子もいたり、「こっちに来て見て行って」とか、「この中のどれかを買ってくれたら無料で一つおまけをプレゼントするわ」っていう営業上手な子もいたり、つくった物だけじゃなくて、そういう子供たちの個性も見れるような、本当にとてもかわいい場所なんですね。

キラキラした瞳で「わたしのつくったのを買ってくれるかなぁ」って期待されると、こちらも「断るのがとても悪い気がするなぁ」なんて気持ちになって、ついつい「この中だったらどれが欲しいかな」って感じで、夜のお店でセット(前来店時から取り置きしておいてもらったお酒のこと)じゃなく、「ちょっと今日はシャンパンでも飲むか」なんて言って、女の子を喜ばせたくなっちゃうんですよね。(今わたしは夜のお店でついつい良い顔しちゃうおじさんの気持ちがよくわかる)

でもほんと、ぜんぶよくできているし、キレイでかわいいし、なによりそれを作った本人たちがそれを売ってくれるというのは、作り手の思いとか、こだわりとか、それまでの頑張りをぜんぶ受けとれる気がして、とてもワクワクするんですね。

すごいでしょう。これを9~10歳くらいの子たちがつくって売ってるんだから、みんな真剣に一生懸命つくったんだろうし、どんなものをつくろうとか、もうちょっとこうしようとか、いろいろ考えたり、感性を活かしたり、本当に思うがままにつくったのかもしれないし、その背景を想像するのも楽しいんですよね。

これは彼がちょっと欲しそうだった、キノコ柄のライター入れ。わたしたちはタバコを吸ったりしないのもあって買わなかったんですけど、すごい個性が光っててかわいいなぁと。

一通り出店を一周したあと、もういいかな?と思ったら、彼がここのお店を覚えていたらしく、手前の淡い黄色の編みぐるみが欲しいというので、もう一度買いに来ました。名前は「もんピ」になりました。
で、わたしもぜんぶ手作りだからテンションが上がってしまって、いつもはあまりアクセサリーを爆買いとかしないけど、今日はたくさん買ってしまいました。


喜びをキメ顔で表現するわたくし。ブレスレットやネックレス、ピアスも買った。
で、もともとわたしは日本でもお店の店員さんに話しかけられるのがあまり好きじゃないんですけど、今回のように店員さんが子供だと、いつもより子供たちの期待を裏切るとか、断ることにすごく罪悪感を覚えますよね。
実は今回も、ベンチで買ったものを眺めながら彼と話していたら、7歳くらいの女の子が2人やってきて、そのうちの一人が腕にかけてる4つのカチューシャを「どれか買ってくれませんか?」って感じで売りにきたんですね。
あまり私の好みというか、使えるようなカチューシャじゃなかったので、すぐに断ろうかなぁと思ったんですけど、頑張って手売りで売ってて、その勇気もすごいなぁと思ったので、まず「これはいくら?」って聞いてみたんですね。
安かったら買ってもいいかなぁと思って。
で、返ってきた値段が思ったよりも高級(わたしにとって)で、「ごめんだけど・・・それならいらないかな」と伝えようと思ったら、その女の子がビーズのブレスレットを何個かしていたので、そっちのほうが使えそうだし、かわいかったので、「こっちは売ってないの?」って聞いたら、「これはわたしのものよ」って言ってて、そうかそうかと(笑)
その子は、一生懸命にカチューシャをわたしに合わせる素振りで、「あなたにすごく似合うよ、キレイだよ」って言ってくれて、それはすごくかわいいし、その子を喜ばせてあげたい気持ちもあったんですけど、でもよく考えても使わないし、買っても自分のテンションが上がるものでもないし、誰かほかににプレゼントしたい人も思いつかなくて。
で、すごく悪いなと思いつつ、「ごめんね、これはわたしはいらないよ」って伝えたんですね。
そしたら、一回他のところに行こうとしたその子が戻ってきて、ダメ押しで「じゃあ〇〇円なら?」って値下げして売ろうとしてきて、その営業手法の方がすごいなぁと思ったんですけど(笑)
「でも、私はいらないからごめんね」って言って断ったあと、ちょっと罪悪感はあったんですけど、わたしが購入した、見てるだけでテンションが上がるかわいいアクセサリーをもう一度見てたら、「いらないけど相手がかわいそうだから犠牲的に買う、みたいなことをしなくてよかったな」と思ったんですね。
かわいそうって時点で、相手を対等に見てないし、相手に対して敬意がないですよね。
相手は相手で、どんなかたちであれ、どんなふうに感じるかわからないけど、そこにはいつも相手には相手の生き方があるわけで。
それを勝手にこちらが推し量って、相手を下に見たり、上に崇めたりするのもおかしい話で。
家族だってケンカするんだから、誰かと自分の好みや価値観やタイミングが合うときもあれば、合わないときもあるのが当然ですよね。
それを、こっちが「自分が我慢してでも相手が幸せならそれでいい」っていうスタンスでいることこそ、相手への敬意がないよなと思ったんですね。
相手のことを、「私の幸福を願わないような人」と決めつけてるというか、そんな器の小さいやつだと決めつけてるような気がして。
もちろん、たまには「犠牲的な気持ちもあるけど、やっちゃおうか」って感じで、犠牲的な自分を理解した上でやることもありますけどね。
それは、自分で意識的に選んでるので後悔しないし、自分の本心をちゃんと自分で理解してる分、苦しさはあまり感じないのでいいと思うんですね。
というわけで、「できない(買えない)」じゃなく、「無理すれば(気持ちは上がらないけど物理的には)できる」ことだからこそ、目の前のこの子を喜ばせたいとか、笑顔を見ることができるかもしれないと思うと、自分が「NO」と言うこととか、相手の願いを断ることが、すごい悪いことに感じてしまいますよね。
現実で言えば、今回のようなことだけじゃなくて、大人相手でも「ちょっとここまで作業をお願いしていいかな?」って言われたり、「〇〇さんとやりたいから、ぜひいっしょにこれやらない?」って誘ってもらったり、「〇〇さんのこういうところが良いと思うから、ぜひ依頼したいんだけど、どうかな?」って依頼がきたり。
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で、これはもちろんぜんぜん悪いことじゃなくて、良い部分でもあると思うんですけど。
でも、「犠牲してでも今回はやりたいから」って理解してるならまだいいと思うんですけど、自分の気持ちを置いてけぼりにしすぎちゃうと、「なんか最近つまんないな・・・疲れるな」とか、自分の喜びにはならない分だけ、あなた自身の苦しさが増したりもしちゃうと思うんですね。
なので、犠牲をやめるときのポイントは、相手に敬意を持って、「あの人は一人の人間として人生を全うしている」「あの人は一人の人間として人の幸福を願える人」っていう見方をしてみることです。
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小学生の握りしめた100円も、大人が握りしめた100円も、どっちも大切。
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それではきょうも、相手と自分の布団の匂いで相性がわかる時代になったようないい夢をみましょう~!
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