こんばんは!

WhyWhyコーチのふぁーこです!

きょうは「待つ」ということに関してふといろいろ気づいたことがあったのでお話したいとおもいます。

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待つことについて。

以前、ある方から

「また改めてお返事させてくださいな」

と言われたので、改めてお返事が来るだろう(来るのかもしれない)と思い、それを待つことにした。

こういうとき、わたしは素直に相手の言ってることを信じるので「じゃそのうち返信くるか」と待つのである。

例えば「これどうしようか?こうしてもいい?」とわたしが相手に質問して、相手から「ちょっと待ってね。明日また連絡するね」と言われると「うん、わかった」と相手の言葉を受け入れて待つことにする。

相手が明日というのであれば、わたしは基本的に「明日中」連絡がくるかもしれないと思って1日過ごす。
無意識にそういう覚え方、過ごし方をしている。

でも連絡がないと、その返信をもらいたい内容の重要度にもよるが、「大丈夫かな?どうかしたのかな?」と心配したり、「忙しいだけならいいけど、忙しいならなおさら再度聞くのはなぁ。再度聞くならいつ聞けばいいかなぁ」と悩んだりする。

きっとこれは、多くの人が「大好きな彼」とか「大切な人」とのやりとりで経験したことのある感情ではないかとおもう。

大好きな人から「また来月の会える日を連絡するね」と言われたら、あなたも彼から会える日の連絡がくるのを待つのではないだろうか。

誰だって大切な人ほど、嫌われたくないし自分に対して好意的に見てほしいとおもうものである。

だから相手の言葉をまずは信じるのである。

しかしながら相手の言葉の言ったことと自分の想定していた未来が一致しなかったとき、感情は混乱する。

たとえば、大好きな彼から「また来月の会える日を連絡するね」と言われたら、あなたは「来月いつ会えるか彼から連絡してくれるんだぁ」とおもうだろう。(それまでの彼の素行に信頼性があったとき)

しかし連絡が来ることなく来月の半ばまですぎてしまったとき、あなたの感情はどのようになっているだろうか。

来月って言ったよね?再来月の間違いだったのかな?

なにかトラブルがあったのかな?

忙しいのかな?

会いたくなくなったのかな?

そもそもなにかあったとしていつもなら返事の一つや二つ寄越すのになにもないな、、、

これは愛想尽かしたか?

しかしなにかに巻き込まれた可能性もあるし、、、

などさまざまな気持ちが交錯するとおもう。

これが、相手の言葉の内容と自分の想定した未来が一致しなかったときの例である。

だいたいそんなときはこちらから「次いつ会える?」などと聞いたり、「なんかあった?」と相手のことを慮ったり、「おいお前有言実行って言葉知ってるか?」と追い詰めたくなったりする。(自分の婚活時代は棚に置く)

それにしても、わたしが相手から返事が欲しいのは内容の重要度にもよるが、緊急性がなく、生死に関わる問題ではなく、ただ感情のコミュニケーションの第一歩として初めて伝えた告白みたいな内容だった場合は、どうするのがいいのだろうか。

わたしは先日「こういう伝え方、言われ方をされるとわたしの場合は悲しいので、もし次回があればこうしてほしい」というような、「わたしにとっては悲しかったこと、さみしかったこと」を相手に伝えた上で、

勇気を出してもし今後があるならこうしてほしいと思ってるということを3049文字にして送った。

それに対して、相手が送ってくれた返事は

「ふぁーこ
気持ちを聞かせてくれてありがとう😊
また改めてお返事させてくださいな。」




















39文字www

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いやこれは返事が来ただけまだありがたい例である。

しかしながら注目したいのはここ、

「また改めてお返事させてくださいな。」

この一文である。

わたしが時間にして丸二日、考えに考えて、「悲しかった。わたしの場合はこう感じた。だからもしわたしとの関係で次回このようなことがあればこうしてほしい」と伝えることは初めてだったので(今までは伝える前に諦めて関係を断っていた)、送るかどうか本気で迷ってようやく送った3049文字。

それに対して、やはり相手も人間であるから感情というものがあり、1日や2日では整理しきれなかったりわたしへの返事を考えるのも大変だろう、とおもい、とりあえずその言葉通り「また改めてお返事させてくださいな。」を受け入れることにした。

それが2020年2月22日土曜日の朝の話である。




わたしの世界の時計が正常であれば、今は2020年6月9日火曜日である。

3ヶ月も返事がないというのは、わたしが思いつくのはやらなきゃと思いつつ3ヶ月経ってしまったダイエットやるやる詐欺か、

最初からやる気ないけどとりあえずこう言っとけば収まるっしょのスネ夫タイプか、

忙しすぎてそれどころじゃない必死ワーカーか、

今がよければそれでEじゃん的なテキーラなパリピか、

携帯紛失や連絡先を消してしまうようなうっかりちゃんか、

無意識になにも考えず言っている悪気ないないマンか、

相手のことを慮りすぎてあぁでもない、こうでもないと書いては消し、書いては消しを繰り返す作家タイプか、

まぁいずれかではないかとおもう。(ほかにもあるとおもうけど)

とりあえず、相手がどういう状況かはわからないのでそれは置いておくとして、わたしの中で「こういうときどうしたらいいんだろう」とおもったのである。

どうしたらいいんだろう、というよりは、わたし今まで言われたらその言葉通り待ってたなぁ、それで傷ついたりしたんだなぁ。これからは「どうしたいか」を考えなきゃなぁ、とおもったのである。



わかりやすい例でいうと、

あなたはあるときいい感じで仲を深めた大好きな人に3049文字のラブレターを書いた。

大好きな人は「気持ちを聞かせてくれてありがとう😊また改めてお返事させてくださいな。」と返事をしてくれた。

とりあえず相手がそう言ってるので待つことにした。

その間連絡はこちらからもしてないし、相手からも来ていない。

それから3ヶ月と18日が経とうとしてる。

あなたなら、そんなときどうする?




こんなとき、わたしはよくクライアントさんに「どうしたらいいと思いますか?」と言われる。

だけどわたしは彼女から彼に連絡をしてうまくいった例も知っているし、彼からの連絡を待ってうまくいった人も知っている。

だから一概に「こうするのがいいよ!」とわたしは言えないし、簡単に言いたくない。

どちらかというとわたしが今まで「こうするのがいいよ!」とか「こうしたらいいとおもう!」と言われて、恋愛講座や恋愛指南書で書かれているのを試しに試しまくってうまくいったことがなかったから笑

「こうするのがいいよ!」と言われてそれ通りにやって、うまくいかなかったら腹がたつのである。

相手にも、自分にも。

わたしの場合はその相手を信じたり期待した自分を責めてしまう。

でも結局のところ自己責任だからと感情を爆発させないように湧いてきた怒りを見ないようにする。

結果、すごく疲れるのである。

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だから「どうしたらいい?」と誰かに聞くのではなく「どうしたい?」と自分に問いかけ続けることにした。

どうしたらいいか誰かに聞くより、どうしたいか自分に問いかけ続けることのほうがわたしはよっぽど難しい。

でも「方法論」を探すより、「自分の気持ち」を大切にしたほうが生きやすいんだなとわかった。

感情あっての人生だし、その人生をうまく進んでいくための方法論だとしたら、まずは根本にある感情を大切にしようと思ったのだ。



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ある知り合いは小学生のころ母親とサミットというスーパーに行って、母親に「ちょっと買い物してくるからここで待ってて」と言われてスーパーのエスカレーター付近で待っていたが、いつまでも母親が戻ってくることなく警察に保護された。

その知り合いと私の姉が仲よかったので後日話を聞いたら、母親はどこかに新しい男をつくっていて、それで逃げたらしい。

父親は借金があったり酒癖が悪く子供を養育できない状況だったので、その知り合いは児童養護施設に入れられたが、母親が「待ってて」と言った言葉を信じていたそうで、大人になってからもずっと母親が戻ってくるのを待っていたそうだ。

(※大人になってから母親が見つかって再会できたらしく、その知り合いも今はパートナーと子供がいて幸せだと聞いた。)

わたしはその知り合いの気持ちをほんとうの意味では理解しきれていないかもしれないけど、ほんの少しならわかる気がする。

わたしが小さい頃、母と父が小さな焼き鳥屋を数年間開業していたことがある。

焼き鳥屋をやってはいたけどそれだけでは食べていけないので母は昼間パートをしたり帰ったら焼き鳥屋の仕込みをしたり夜は焼き鳥屋のお客の相手をしたり大忙しだった。

(父は基本家におらず夜は焼き鳥屋で、育児もしないから昼間何してたかわからない。たぶんパチンコwww)

それもあって小さいころから「仕事だから」と言われると「待つ」「我慢する」のがデフォルトだった。我慢するとも思ってなかったから、「そういうものなんだ」と思っていた。



そして「待っててね」と言われると待つものの、それはどうして待つのかというと相手のことが好きだからだ。

単純に相手を信頼し、心を寄せ、その人の笑顔が見たいから「待つ」のだとおもう。 

だけど、その好きな人が戻ってくるのが遅かったりそばにいる時間が少ないとさみしくもなる。

わたしにはありがたいことに姉がいたので姉が相手してくれたり、しゃべったりできたが、もしも1人だったら病気になっていたかもしれない。

それくらい、「待つ」は小さい子にとっての孤独な戦いでもあるのだ。




また、わたしは小さいころから保育園や友達といろんなところで遊んだときにかくれんぼで隠れるのが得意だった。

鬼が見つけに来てくれるのを「じっと息をひそめて待つ」、これが大の得意だった。

木登りもできる元気な猿園児だったので、低めの木に逆上がりで登って隠れたり、ここはたぶん見つからないなと思うところをすぐに見つけることができた。

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公園で先生とみんなでかくれんぼしたとき、「かくれんぼ終わりー!まだ隠れてる人は出てきてくださーい!」って言われても頑固になってずっと出ていかなかったから、

しばらくして先生たちが焦って「ふぁーこちゃーん!どこですかー!返事をしてくださーい!ふぁーこちゃーん!」って誘拐されたかと心配されたこともあった。

それから、小学校で母と父が離婚したあとは月に一回だけわたしと姉と父が会える約束になっていて、その「月に一回」の父との時間を毎月楽しみに待っていた記憶がある。(離婚したては母が父のことを嫌悪しまくっていたので母の前では喜べなかったけど)

だから大人になってからも誰かに「待ってて」と言われたり、「また明日連絡するね」「また改めてお返事させてくださいな」と言われると待ってしまう。

待った先に孤独から解放されて誰かと繋がれる瞬間があると信じてしまう。

そこに小さな希望をつくってしまう。

ただ相手は軽い気持ちで「また明日連絡するね」とか「また改めてお返事させてくださいな」と言ったかもしれないけど、それを待てばまた相手と繋がれるかもしれないと思ってしまうのだ。




だけど、もう「待つだけ」の受け身はやめようとおもう。

自分で決めて、自分の力で動けるのだから、今までの傷ついた選択肢から新しい選択肢を選択したい。

つまるところ、

「ふぁーこ
気持ちを聞かせてくれてありがとう😊
また改めてお返事させてくださいな。」

こう誰かに「また改めてお返事させてくださいな」と言われたり「連絡するね」と言われたら、どれくらい「待つ」のか、その返事を「待っていること」を伝えるのか、伝えないのか、自分からまた連絡するのか、はたまたもうここら辺でいっかと相手への期待の気持ちを手放すのか、自分がどうしたいのかを考えて好きに選択すればいいだけだ。

だいたい、返事というのも「義務」でもなければ「強制」されるものではないはずで、自由だからこそ、コミュニケーションはおもしろいとおもう。

自分が逆の立場だったときに「ちょっとまた連絡するね」と言ったその一言をずっと信じて待ってくれていた人がいて、そのままずっと連絡をしなかったとしたらと考えると一層罪悪感がつのる。

だからこそ、まずは自分が「罪悪感」を持たない選択肢を選んで生きていきたい。

待つことに耐えられないならそう相手に伝えてみるんだっていいし、

待ちたいだけ待とうって決めてもいいし、

気分で待つか待たないか流れに任せてもいいし、

待ってることも忘れるくらい熱中する楽しいことがあるならそれが一番いい。

小さいころに「待つ」を覚えてから「いい子だね~」と褒められた経験があると、「待つ=良いこと」と思ってしまうかもしれない。

だけど、それは「親」や「管理者」にとっての「良いこと」であって、果たして自分にとっても待っていることがすべて万時良いとも限らない。

それはたぶん、自分がどれだけ「待っていたいのか」という気持ちに懸かっているとおもう。

だからこれからはその時その時で自分の気持ちに気付くクセをつけてみよう。

「待つ」だけが選択肢ではないわたしは、自分で自分の責任をとれるくらいには大人になったわたしは、もうなにを選んでも幸せになれるのだ。

そしてきっとそれは、あなたにも言える。

あなたはあなたで待ちたいだけ待ってもいいし、待つ間になにかしてもいいし、待たずに自分から動いてもいいし、相手への期待を手放して待たなくてもいい。

でも、待つも待たないも決められないような気持ちもわかるし、行動しようにも行動できない気持ちもわかるし、自分が今どう感じているのかわからないっていう気持ちもわかる。

「正解や正しさを探したって意味がないよ」といわれてもきっとあなたは自分なりの正解や正しさを頼りにやってきたんじゃないかとおもう。

1人で責任とれるくらい気を張ってがんばってきたんじゃないかとおもう。

だからわたしはこれからそういうがんばってきた人と共に自分の中のモヤモヤした気持ちも、前に進めないでいる気持ちも受け入れながらいっしょにマイペースに生きていこうとおもう。

そして待つのも飽きたとか、待ってることも忘れるくらい楽しいことを、いっしょに探していきたい。

生きててよかったと思えるくらい笑えることを、いっしょに探していきたい。

やっぱり最後は「思わず笑っちゃう人生」にしよう。

いっしょに笑ってくれる人がいれば、人はがんばれるものだから。



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それではきょうも、お腹が「う~ん・・・どちらかといえば右がいい」と答えてくれたようないい夢をみましょう~!


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