こんばんは!

WhyWhyカウンセラーのふぁーこです!

きょうは、あんまり気が進まないけど笑、

ふぁーこのおかあさんの話しをしようとおもいます。

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ふぁーこのおかあさんは、2人の子どもを1人で育て上げてくれた男役も女役もやっちゃう

姉御肌な性分の人です。

とても愛情深く、責任感が強くて、男気があり、社交的で、 行動力もあり、後輩からも仲間からも慕われるような性格だけど、その分繊細で、人に頼ることが苦手で、弱いところを見せられないプライドの高さがあるとふぁーこは思っています。

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そんなおかあさんのことがふぁーこは大好きで、おかあさんもふぁーこや姉に対して愛情深く接してくれたと思います。

ちょっと過保護で過干渉なところはありますが、ふぁーこはそれでも自分のお母さんがふぁーこのおかあさんでよかったなとおもいます。

ふぁーこは小さい頃からおかあさん似、姉はお父さん似(顔も性格も)と言われてきたので、

ふぁーこにとっておかあさんはとても似た感覚を持ってる気がしていました。

姉によると、小さいころから姉はお父さんに似た顔と性格だったので、

おかあさんは姉におとうさんを投影して、八つ当たりしたり過干渉になったりしていたようです。(姉と話していて最近気がつきました)

前から言ってはおりますがうちはおかあさんとおとうさんが離婚しているので、

小さいころからおとうさんのこととなるとお母さんがあんまり良い顔をしなかったのを覚えています。

お父さんはうちにお金(生活費や養育費など)をいれずに毎日ギャンブルしたりしていたんだろうと、いまはなんとなくわかります。

また、ふぁーこがまだ3,4歳だったころに姉とおかあさんと3人で手をつないでおとうさんがいるパチンコ屋に行って、

おかあさんが「子どもたちと一緒にごはんを食べてあげてください」ってお願いしても

おとうさんが来てくれなくておかあさんが泣きながら帰ったりとか、

まぁ最悪とも言われそうなおとうさんだけど、

でもふぁーこや姉には九州男児らしく口下手でもやさしかったのを覚えているので、

おとうさんのこともふぁーこは大好きです。

そんな家庭だったこともあり、

おかあさんとおとうさんが離婚してからは(ふぁーこが小学3年生のときから)

おかあさんと姉とふぁーこの3人の生活が始まりました。

ふぁーこはおかあさんが大好きだったので(もちろん反抗期もバリバリありましたけど)

反抗期の前はおかあさんがキッチンに置いてあるパイプ椅子に座ったまま寝ちゃったりすると

かけ布団をかけてあげたり、

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笑ってほしくてたくさんおかしなことをしたり、

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社会人になっても姉が奨学金を返さないから肩代わりしてて生活苦だと言われたら毎月仕送りを渡したり、

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なんかほんと全力でおかあさんのこと大好きだったんだなぁって、改めてこうして思い返すとわかりますね。

でも、おとうさんがいない3人家族だったので、誰かが困ったときは誰かが、

誰かが大変なときは誰かが、みたいなかたちでなんとかうまくトライアングルを作っていたのかもしれません。

でも、さっき言った姉が奨学金を自分で返済しない問題のときに、おかあさんの味方だったふぁーこは

「おかあさんをこんなに苦しめる姉=悪い」として、仲も良くて大好きだったのに姉と一切口もきかず目もあわせない生活になりました。

そして、ふぁーこが一人暮らしを始めたり、姉が結婚して中国に渡ったりいろいろ変化があった中で、

2013年におかあさんが胃がんと胆のうがんで、胃3分の2と胆のうを全摘出しました。

そこでもかなり心配したのですが、おかあさんは今思えばかなりハードワーカーで(家のローンがあるからでもありますが)

摘出手術から2週間後に仕事復帰し、バリバリまた働き始めました。

おかあさんは、胃と胆のうを摘出したことにより、食べ物を食べてからの消化機能がほぼなくなったので、もともと細い体が徐々に痩せていきました。

でも、気力はかなりある人なので、ふぁーこもそれを信じて、いっしょに毎月2,3回はごはんを食べたり、実家に帰ったりしていました。



そして2014年、ふぁーこがタイで働くと決めてタイに渡ってから数ヵ月後、おかあさんが交通事故に遭いました。

自転車で通勤途中に、細い十字路で横から飛ばして走ってきた車にはねられ、結果的に顔面骨折と右手首骨折で済みましたが、

あとで写真で見ると当時乗っていた自転車はグシャグシャになってしまっていました。

偶然看護婦をされている通行人の方がすぐに見つけてくれて、救急車で運ばれたそうですが、

おかあさんを撥ねた男は「チッ」というようななにか捨てゼリフみたいなことを言っただけで、おかあさんが倒れているところに駆け寄ることも、手助けすることもなかったとのことで

お母さんもそれだけは朦朧とした記憶の中で覚えているそうです。

救急車で運ばれたはいいものの、

「うちの病院では整形外科(形成外科?)の手術はできないけどとりあえず入院ならできる。どうする?診断書を書いて自宅の方の病院に行ってもらうこともできるけど」

というなんとも微妙な選択肢をせまられ、手術できないんじゃここに入院してもしょうがないだろうと思い、診断書をもらってその日はタクシーで家に帰ってきたそうです。

ふぁーこはまだその当時タイにいて、姉も中国にいたので、”事故に遭って骨折した”とだけメールで聞いて(顔面骨折してるのでしゃべりにくいため)

いてもたってもいられなくなり、会社に事情を説明してひとまず1ヶ月お休みをもらって事故の次の日には自宅に帰ってきました。

おかあさんの顔を見たときにはもう声もなく「痛かっただろうな、辛かっただろうな、苦しかっただろうな・・・」という思いと、

「生きててほんとうによかった・・・」という思いから涙が出てきました。

そこから、おかあさんと家の近くの病院へ通院、入院、手術等を毎回いっしょに行き、

姉も中国から帰ってきたりして、いっしょにお見舞いに行ったりしました。(でもこのころはまだ姉との確執がありました)

おかあさんが手術し、無事成功したのはよかったものの、おかあさんを撥ねた男は自分の身元もおかあさんに知らせたくないし、車の自賠責保険を使わないと言っているらしく

(通常だいたいこういう事故のときの賠償金などの交渉、支払い、手続きのために自賠責保険を使うことが多い)

「和解金(示談)で終わらせたいと言っていますがどうしますか?」

というような知らせを聞いて、わたしは「どうしよう?」状態でした。

なんせ免許はあれど車を持ったこともないし、こういう法律関係のことは一切知らなかった23歳夏。

なんとかしなきゃでいっぱいで、とにかくネットや人に聞いたりしてたくさん調べました。

相手の身元は「事故証明」を警察で発行してもらえばわかること、

また相手が非を認めようとしていない場合には「示談」などで終わらせず、公平に現場の状況をジャッジしてくれる法律のもと、弁護士さんにお任せしたほうがよさそうだとわかりました。


続きはこちら↓
「ふぁーことふぁーこのおかあさんのはなし②」
「ふぁーことふぁーこのおかあさんのはなし③」





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それではきょうも、紙を巻いたらペンになったようないい夢をみましょう~!